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「それはわからない」早苗がかぶりを振る。「出回ってるのは、見つかったという情報だけ。誰が見つけたのかもわからない。でも、界隈じゃ大騒ぎよ。なんたって、あのルマークが一番大事にしていた、高価な指環が見つかったんだから。きっと、千カラットぐらいのダイヤがついているに違いないわ」
「千カラットで気分もからっと」及川が言葉遊びをする。「でも、あれじゃないんですか? 実は早苗さんはその指環のありかを知ってて、それをこれから盗みに行こうって話じゃないんですか?」
「そりゃあ、場所がわかればそうするわよ」早苗が腕を組む。「さすがの私でも、指環がどこにあるのかはわからない。ただ、出回っている情報によると、なんと日本にあるらしいのよ」
「日本に?」及川が豆鉄砲をくらった鳩のような声を出す。「伝説の指環がこの日本に?」
「そうなのよ。だから、大騒ぎになってるのよ。もう、日本中の泥棒関係者はお祭り騒ぎよ」
「そうだったんですか。でも、どうして日本にあるんですかね」
「知らないわ。そんなこと、どうでもいいじゃない。とにかく、指環は日本にある。情報はかなり出回ってるから、間違いない。それが大事なのよ」
「そうですか。それなら、僕たちもチャンスがあるってことですか?」
「あるわよ」早苗が断言する。「指環を狙う同業者はたくさんいるわ。競争率は高い。でも、連中を出し抜ければ、私たちが手にするチャンスは充分あるわ」
「じゃあ、探しましょうよ」及川が目を輝かせる。「僕と早苗さんとミクルさんで、三人で力を合わせて指環を手に入れましょうよ」
「大熊もね」早苗が苦笑する。「でも、先生のそういう顔が見れて嬉しいわ。あなた、良い顔してるわよ。子供みたいに純粋できらきらした目をしている」
及川はなにも言わなかった。早苗のペンライトの光から逃げるように、手で顔を覆った。
「まあ、まずはこの金庫を開けてからだけどね」
そう言って、早苗は腕時計に目を落とした。間もなくこの家に侵入してから、二十分が経過する。そろそろ、金庫を開けるべき時間だった。
再び金庫のまえに立ち、しゃがんだ。冷たい銀色の扉を、じっと眺める。それから意識を集中して、ダイヤルとレバーを静かにつかんだ。触れた瞬間、金属の冷たい感触が指先に伝わった。そのひんやりとした感触に心地よさを感じながら、早苗は少しずつダイヤルをまわした。窓からは、うっすらと雲間からのぞく月の光がさしていた。
約八分後、早苗は無事に金庫を開けた。最初のコンタクト・ポイントを探すのには手こずったものの、後は自動で開くドアのようなものだった。するすると針の穴に糸を通し、まるで金庫が自ら扉を開けたがっているかのようだった。及川は終始無言だったが、部屋のなかを右に左に歩いていた。心配性で神経質なこの男は、じっと待っているということが苦手なのだ。
「早苗さん、開きましたか?」
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