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泥棒たちは富豪の家で金庫を開ける
「ねえ、ルマークの指環って知ってる?」
「なんですかそれ? 新作の映画ですか?」
深夜の大豪邸だった。東京の高級住宅地、そのなかでもひときわ大きな豪邸の中に、二人の男女の姿がある。男は眼鏡をかけていて、痩身で頼りない。女は黒髪のショートカットで、美人ではないが鼻筋は通っている。二人は黒ずくめの格好をして、ペンライトで照らしながら豪邸の中を歩いていた。
「知らないの? 世界的な泥棒が隠した、伝説の指環よ」
「僕、世界的なとか伝説的なとか、そういうの苦手なんですよね」
「どういうこと?」
廊下を歩いて、食堂のようなところに入った。広い空間で、ベージュ色のカーペットが一面に敷かれていた。シャンデリアもあり、背高椅子もあり、タイル式の暖炉までついている。部屋の中は荘重で堅実な雰囲気に包まれており、まさに中世ヨーロッパの貴族の屋敷のようであった。
「そういう言葉って、なんか現実味がないじゃないですか。まるで、自分の住んでいる世界から離れているように感じるんですよ」
「世界的な泥棒や伝説の指環と聞いて、夢やロマンを感じないの?」
「あいにくですが、まったく感じませんね」
「まるで俗物じゃない。先生、それでも小説家なの?」
先生と呼ばれた男、及川直之は溜め息を吐いた。ペンライトで横に立っている女、湊早苗を照らす。同じように黒ずくめの格好をし、バックパックを背負い、ペンライトを持った早苗の姿が浮かび上がった。及川のほうに顔を向け、呆れたような表情をしている。
「小説家に夢やロマンは必要ないですよ」
「小さい頃とか、どんな子供だったの? 童話を読んだり、外に出て冒険ごっこをしたりしなかったの?」
「あいにくですが」及川は拳を口元にあて、咳払いした。「小さい頃は哲学書しか読んでいませんでした。そして、周りの友達が外で遊んでいるとき、僕は家で母親と名刺交換の練習をしていました」
「ねえ、先生、あなたはきっと、幼少期に間違った教育を受けていたと思うの。だからいま、こんなに頭でっかちでユーモアのない、つまらない大人の代表になってしまったのよ」
「それはつまり、僕の小説がつまらないと言いたいんですか?」
「そうね。はっきり言って、あなたの小説はつまらない。それはあなたがつまらないからで、そのせいであなたの小説までつまらなくなっている」
「そんなに、つまらないつまらない言わないでくださいよ」及川が泣きそうな表情をする。
「もっと視野を広くするべきだわ。あなたの小説は小難しいことをぐちぐち書いているだけで、まるで面白みがない。もっと、夢やロマンを持つべきよ」
「小説家に必要なのは、根拠のない空想じゃなくて現実に立脚した洞察ですよ」
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