第13章 脱出

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「…よくは知らないけど、確かお値段も手頃って聞いた。こんなの安く売ってたら。そりゃ各家庭で手造りでわざわざ洋服作るなんて、手間かかってやってられないよね…」 「俺は好きだよ。純架のいつもの格好」 横からわたしより先に手早く着替え終えてた高橋くんが口を挟んだ。普段は集落の中で配給されてたシャツ系の服が多かったから。シンプルデザインのTシャツにデニムだと、いつにも増して若者っぽく見える。二十歳そこそこ、って感じ。 てか、よく考えたらこの人一体いくつなんだろ。と改めてそんな疑問が脳裏に浮かんだ。 何となく、わたしよりは上だろうなってくらいで推測してただけで思えば本人にきちんと確かめてみたことない。見た目はそんなくらいにしか見えないが、国の機関から非公式とはいえ潜入調査を依頼されるくらいだから。大学生の年齢、ってことは。さすがにないよねぇ…。 あらぬことをぼんやり考えてるわたしに、高橋くんがペットボトルの水を渡してくれた。もちろん浮きに使った空のやつじゃなく、迎えに来てくれたあの人が事前に積んでおいてくれたものだろう。 「純架のお母さん、お裁縫の腕がいいし。デザインのセンスも二人ともいいから、着てる人にしっかり似合うように仕立てられてる。量産品は便利でリーズナブルだけど、そりゃオーダーメイドには敵わないよ。東京に着いたらそっちに着替えるといい。いくつか持ってきてるんだろ?」 「あ、うん」 しっかり冷えて表面に水滴のびっしりついたボトルを手にした途端、思いのほか喉が渇いてるのに気がついた。大量の冷たい水の中に浸りきって泳いだあとなのに。人体って不思議だ。 「…ありがとう」 そこでようやく母の作った服を褒められてたことに気づき、遅ればせながらお礼を言う。 わたしの手がかじかんで上手く力が入らないのを見てとって、高橋くんがひょいとボトルを取り上げて蓋を緩めて返してくれた。もう一度お礼を呟き、それをごくごくと飲む。…美味しい。 泳ぐと脱水症状気味になって喉が渇くんだってことは後になって知った。大した距離は泳いでなくても、慣れない身体にはそれなりに堪えたようだ。 「まだ寒いだろ、純架。なるべく風の当たらない場所に座りなよ。そっちよりこっちの方がましかも」 高橋くんは何くれとなく気を遣ってくれる。船を操縦してる男の子が恐縮した口振りで横から話に割って入ってきた。 「ごめんね、彼女。本当はもっと快適なクルーザーとかで迎えに来られればよかったんだけど…。たまたま伝手を頼って借りられたのがこれで。ダイビングボートって言うんだけどさ。スキューバダイビングする人たちを沖まで送り迎えする船」 「今回の目的にはぴったりなんだけどね」 と高橋くんがその台詞をフォローした。確かに。 「あとね、サイズ的に。凝った豪華な船は正直運転自信なくてさ俺。免許取ってからあんまし経験積む暇なくて…」 高橋さん、そっちに毛布積んどいたから。彼女をそれで包んであげてと頼んでくれる。わたしはむしろ恐縮した。 「そこまでお気遣い頂いて…。全然充分です、ありがとう。あの、わたし。木原純架って言います」 『彼女』じゃなくて。 なかなか自己紹介するタイミングが掴めなかったがここでようやく名乗ることができた。 男の子は正面から目を離さないまま(当たり前だけど)あ、そうか。とそこで初めて気づいたといった顔つきで呟く。 「そういえば、名前言ってなかったね。俺神崎って言います。神崎響介…。この人はカンちゃんって呼ぶけど。何でもいいよ、カンザキでもキョウスケでも。呼び捨てで大丈夫」 「神崎さん、おいくつですか」 「21だけど」 見た目よりいってる、だいぶ。てっきりわたしくらいか下手したら高校生かと。…そんなわけないか。動力付きの船、ためらいもなく海でがしがし操縦させてるんだし。普通に子どものやることではない。 「さすがに呼び捨ては無理かなぁ。歳上の人を…」 しかも知り合ってまだ数十分だと思うと。わたしを比較的風の当たりにくいベンチに座らせて、背中側から大きな毛布でふわりと包みながら高橋くんが口を挟んできた。 「言うほど変わらないよ。それに集落の子はみんな、歳よりしっかりしてるからね。働き始めるのも早いし」 「高橋さん。それは俺が今ひとつしっかりしてない、ってことっすか」 「まあ。そうだけど」 ひっでえ、と口では返しながらまるで堪えた風もない。平然として前方を見据えながら操縦に集中してる。一方の高橋くんの方も、言った内容に深い意味などないとばかりにわたしの向かいのベンチに座り込むと、しらっとした顔で自分の水のボトルのキャップをかちりと微かな音を立てて開けた。 あまりにボートのモーター音がうるさ過ぎて多分、わたしと彼にしか聞こえない音。どうやらこの二人、どういう関係かは知らないが。かなり気心の知れた気の置けない仲らしい。 「…高橋くんて。そういえば、いくつなんですか?年齢」 「何。急に、丁寧語」 面白そうに笑われて我に返った。しまった、距離感バグってる。
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