第13章 脱出

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「いや、…最初に何となく同世代だろうと踏んだせいで。うっかり『くん』呼びとタメ語が定着しちゃったけど」 ばばばば、とものすごいエンジン音と水音に紛れて今さらながら弁解するわたし。 「冷静に考えたらこの人ってだいぶ歳上じゃないか?って、最近ちょっと引っかかってて。だって、国から委託された調査員なわけでしょ?二十歳そこそこってはずないな、って思ったら…。実は結構歳上の人を同年代扱いしちゃってたのかな。…と」 改めて今、そう思ったのは21歳だと知った神崎さんが高橋くんに対してがっちり敬語だったせいだ。あ、やっぱりそりゃそうだよね。と引いてしまった。 「今からでもこそっと修正して、ちゃんと年長者に対する敬意を払おうかなと…。わたしも、神崎さんを見習って」 高橋くんは手にペットボトルを持ったまま動きを止め、じっと正面からわたしの目を覗き込んだ。 「え、年寄り扱い?今さら?」 「う」 「大丈夫です!純架さん。俺その人、尊敬してはいません!雇い主だから慣例に従ってるだけなので!」 神崎さんからも元気よく訂正されてしまった。てか、言い方。 「事務所に就職したとき、上司に対してはちゃんと敬語使えって言われたのでしてます!だから、逆に本人さえそのままでいいってはっきり言ってるんなら。いいと思います!」 あんまり喋らせると喉が枯れそうで気の毒だ。わたしは改めて高橋くんの方へと向き直った。 「いいの?本当に。このまま舐めた口利かれても。わたしに」 「舐めた口は利かれてないし。…いいよ、純架は別に俺の部下じゃないし。俺たち友達だろ」 友達…。そうなのかな。 何ともこそばゆい思いで俯いた。集落の中にいるときは、わたしが彼を案内してお世話するって気持ちでいたせいもあって。あまり年齢のことは気にせず接していた。だけど、こうやって一歩(もっと。だけど)外に出れば。何もわからず全てのことをこの人に頼る他ない。 そう実感すると、相手の年長振りがつくづくと身に沁みる。それで急に気が引けたけど…。高橋くんの方ではそんなこと、気にしないで今まで通りに接しようって言ってくれてるんだ。ってことでいい、…のかな? 高橋くんがいつもの穏やかな笑顔を浮かべ、すっと片手を差し出した。…ああ、握手。 「そういうわけだから。これからも友達として、よろしく。純架」 「ああ、うん。…ありがとう」 「よかったすね、高橋さん。可愛い女の子のお友達ができて」 すかさず神崎さんがお気楽なひと言をわざわざ声を張り上げてまでして伝えてくる。いや、それはいいですから。とりあえず運転に集中して…。 「…で、それはそれとして。高橋くん、実際には。何歳なの?」 神崎さんにあえて聞かせるほどのことでもないか(別に知ってるだろうし)。と思って、素直に握手を終えてから普通の声で真っ正面から高橋くんに尋ねてみた。いい機会だし、ここで確認しとかないとタイミングを外しちゃって、結局いくつなの?とずっともやもやしながら疑問を引きずることになりそうだから…。 「…25歳」 何故かちょっと複雑な顔で、だけど正直に端的に答えてくれる高橋くん。わたしはどう反応していいかわからず、しばしじっと考え込んだ。「ああ、…うん。なるほど」 「なるほど。…って」 高橋くんがやっと笑った。わたしの返しのどこがツボったのかわからないが、思わず破顔した。って感じの笑顔。 「どういう意味?やっぱり見た目通りのおっさんだな、って納得?それとも案外まだ若いんじゃん。って心の中でだけ考えた?」 「25はおっさんじゃないでしょ…」 25歳以上の全ての国民が怒るよ。てか、今の日本の人口分布知らないけど。多分全然多数派だろ、そっちの側が。 「なるほど、25って改めて言われてみればそのくらいだろうなと。意外でも何でもない、そのまま…」 「それは何なの。いい意味で、それとも悪い意味?」 無事に脱出できて『こちら側』の世界に戻って来られてほっと安堵したのか。いつになく高橋くんの表情も明るくなって、口調も軽い。 やっぱり単独で得体の知れない集落の中に潜入してる間のプレッシャーはきつかったんだろうな。と共感する一方で。今度はわたしが『こちら側』に潜入することで立場が逆転したんだ。って事実を改めてしみじみと噛み締めながら。ばばばば、とものすごい音を立てて過ぎ去っていく暗い海の風景を。高橋くんの肩越しに何とも言えない気分で見流していた…。
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