第14章 新世界より

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真剣に操縦してる神崎くんの方を見もしないでこいつ、とは。案外身内には辛辣なんだ。 一方でお客さんであるわたしの方にはまだ気遣いがあるのか、和らいだ眼差しを注いでいつものあの穏やかな声で訥々と説く。 「それに、考えてみればわかるでしょ。蛇や虫や小動物だらけの未開発の原生林を四苦八苦して徒歩で何時間もかけてサバイバルして脱出するより。この方がどんなに気持ちいいか知れないよ。そりゃ、あとでめちゃめちゃ船酔いが襲ってくるかもだけど。…それはそれとして、今は。ね?」 彼が目で示す方をつられて伺うと。水平線の際がゆっくりと、ほんの僅かずつ明るくなっていく様が目に入った。 「…何ヶ月も頑張ったあと、こんな景色が見られるんだもん。なんか、報われた気がするよ」 まあ、何だかんだ言って予想してたよりもお客様扱いでみんな親切だったし。快適な潜入生活ではあったけどね、純架たちのおかげで。と明るく付け足してくれる。 「それでも、こんな風に船の上で気分よく夜明けを見ながら今回の仕事を終えられるのも。むしろ、純架がついて来てくれたからこそだよ。俺一人なら来られる地点まで頑張って歩いて来いって、そこの部下にきっぱり断られかねないもん」 「よく言う。…でもまあ、確かに綺麗です。陽が昇る直前の海って。あんな感じなんすね…」 わたしたちはしばし黙って、それぞれの思いを胸に夜明け間近の薄明るくなりかけた空を眺めた。 「…あービール飲みた!高橋さん、どっか途中で操縦替わって下さいよぉ」 神崎くんが遠慮なく大声をあげる。ビールって…、あ、そうか。この人高校生じゃなかった。顔だけ見てるとつい、年齢忘れちゃう。 「いやいや、…停める場所ないもん。てか、まさかここまでビール用意してきたの?飲酒運転上等ってこと?」 高橋くんが大袈裟に驚いてみせると、神崎さんはまるでへこたれず操縦席でふんぞり返った。 「だって、無事マリーナまで到着したらお疲れ様乾杯!したいじゃないすか、みんなで。そこのクーラーボックスにばっちり詰め込んでありますよ。何も停泊しなくても大丈夫じゃない?エンジン一旦停めて、洋上で交替すれば…」 高橋くんは後半については聞こえないふりで彼を問い詰めた。 「そりゃ、ちょっと乾杯したいなってなる気持ちはわかるけど。この子はどうすんの、18だよ。あれ19になったんだっけ、もう?でもどのみち、集落でもお酒は二十歳になってからだよね。普通に日本と同じ?」 「ご安心を!ちゃんと純架さんのためにオレンジジュースも用意してきましたよぉ。炭酸大丈夫かどうかわかんなかったからね、とりあえず無難な選択に落ち着いたけど。…オレンジジュース好き?純架さん」 「好きです。…えーと、あの」 そりゃもう。集落じゃジュースはほんと貴重品で、お誕生日とかお祝いのときにしか配給されなかったもん。普通の日本人の皆さんと較べたら、テンションの上がりよう半端ないよ。 でも、それはそれとして。思わず顔を向けて高橋くんに尋ねてしまった。 「高橋くんも、もしかして船の操縦できるんだ。免許とか持ってるの?」 「ほら、ご指名だ。見せてあげてくださいよ、先輩の華麗な操縦テクニックを。キュートな女の子の期待に応えて」 神崎さんがお愛想抜きのご機嫌な声で高橋くんをけしかける。誰がキュートか。えー、と不満げな声を上げながらも高橋くんは立ち上がった。 あと到着までどれくらいかかるかわたしは知らないが。そこまでずっと神崎さんに操縦させっ放しも負担が大きいと判断したんだろうと思う。 もしもわたしたちが集落を脱出してくるときにトラブルとかがあって、怪我してたり万全の状態でなければやむなく彼に頑張ってもらうより他ないけど。自身が無事な今の状態なら、交替する方が合理的って考えたのかな。 「別に一旦停めなくても替われそうじゃん?」 「いや一応。…ちょっと待って、久しぶりだから。一回おさらいさせてよ。えーと、このレバーが。…うーんやばい。入港と接岸、俺がやんの?」 「何なら到着前にも一回替わってあげますよ。湾に進入する前の方がいいよね?近くなると他の船もいっぱい入ってくるし…」 そうやってわちゃわちゃしてると大学生のサークルみたいだな。いや大学、TVと漫画でしか。見たことないんだけど。 ここまでのところ、まだ外で出会った新しい顔は一人。いい人そうだしこっちの事情も知ってるから親切で配慮もしてくれて、特に今のところ問題はなさそうだ。 でも、多分このあと東京に行くんだよね。新幹線で。 以前に集落で見たお盆のニュースの映像を思い出す。 もう八月も終わりだから、さすがにあそこまで極端に混んではいないと思いたいけど。それでも下手したら、東京駅に居合わせる人数だけでも集落の全人口より多そうだ。 予定通りに集落を脱出できて、一旦ほっとしてたのが。目的地が近づくにつれてまたじわじわと不安があとから湧いてくる。 想像を絶するくらい大量の人たちが生活してる空間に、これからわたしは入って行く。
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