第14章 新世界より

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高橋くんがふわ、と表情を和らげて実に優しい、ちょっと茶目っけを含んだ眼差しをわたしに投げかけた。 「だったら、今は何見ても新鮮に思えて楽しいんだなって実感持って想像つくよ。新幹線の駅まではまだしばらくあるし着くまでなるべく邪魔しないよう気をつけるから、純架はその間思う存分ゆっくり外を眺めるといいよ。思えば自分だってそうしてたんだしね、あのときは」 「うん。高橋くん、ほんと冒険少年みたいだったよ。わたしと同じくらいの歳だって正直思ってたもん、しばらく」 「それは。…褒めてくれてると受け取っとく。今は老けてるって意味じゃなくね」 なるほど、そうも聞こえるか。 弁明しようかと迷ったけど、彼は全く機嫌を損ねた風でもなく満足げにゆったりと座席に背中を埋めて目を閉じたので。 おそらく高橋くんにとっては何の面白味もない、窓の外の見慣れた冴えない光景を眺めるよりは今は少しでも頭と身体を休めたいんだな。と解釈して、わたしは心置きなく窓の外の次々流れてくるロードサイドの諸々を夢中になって目で貪った。 …初めて集落の海岸で顔を合わせたときと、あの土地での後半の時期に外の世界の秘密を打ち明けたあととを較べると。 この人の印象がだいぶ変わって、落ち着いた歳上の雰囲気を感じるようになったなって漠然と思ってたけど。そういう理由があったのか。 逆に彼との初対面のときのわたしの立場は、集落の中の事情を既に知り尽くした先人としてだったんだから。彼にとっては実際の歳の差よりも近く感じて、むしろもしかしたら自分より上か?とすら見えてたかもしれない。 あのときのわたし、今考えても至極冷静でテンションも低かった。ずいぶんはしゃいでぐいぐい来るなぁこの青年、って内心ちょっと呆れてたまであるし。 それがじわじわと逆転して、今では実年齢の差以上に高橋くんが大人に見える。 それはより若い部下の神崎さんが横にいて、比較対象になってさらに彼を引き立たせて成熟してるように見せてるせいでもあるし。完全にホームグラウンドな見慣れた元いた世界に戻ってきて、すっかり平常のテンションに鎮静したから活き活きとはしゃいでたときの年齢以上の若々しさがすんと抜けたってこともあるのかも。 これからわたしはこの人たちとどんな距離感で、こっちでの生活を始めるのかはまだ全然わからない。 早朝の海沿いの広い車道は交通量も多く、反対側から次々とやって来る大小さまざまな車がびゅんびゅん、と風を切る鋭い音を立ててタクシーとすれ違っては一瞬で通過していく。 それらを目では吸いつけられるように見つめながら、頭の中では全く関係ないことを取りとめもなく考えていた。 …ここまで連れてきてくれただけで感謝だしありがたいから、この上わたしの処遇に文句つけようって気は全然ないが。やっぱりこの人たちも普段の自分たちの仕事とかあって、忙しいんだろうし。 とてもつきっきりではいてもらえないだろうから、滞在するホテルとか借りられる部屋を手配してもらって仕事の合間にときどき会いに来てくれるくらいが関の山。案外ぽつんと都会で一人、特にすることもなくてただ自分を持て余す日々になるのかも。 集落にいたときはほぼ毎日高橋くんと顔を合わせ、ああでもないこうでもないと二人で大声でやり取りしながらいろんなところを見て、考えて回ったなぁ。何となくコンビみたいな扱いになって、二人組でどこに行っても何をしてても。周りから何も言われなくなってたから(某一名以外。それも途中で駆逐された)、人の目も気にせず思う存分自由に集落の中で行動して、言いたいことを臆せず言い合ってた。 そのノリというか感覚のまま、彼のことを相棒みたいに思ってここまで来ちゃったけど。がらりと変化した周囲の風景に一気に我に返った気分。 ここではわたしはとても流れについていけない余所者。一方彼の方はここでの役割や立ち位置がある。集落の中で過ごしたみたいに、二人でいつも一緒に行動するような日はもう戻ってこないのかもしれないな。 寂しいようなちょっと後悔してるような。油断すると後ろ向きな気持ちになりそう。慌てて窓の外の車の流れに意識を集中してるふりをした。 …大丈夫、外の世界でわたし如きが高橋くんの相棒のポジションを得られるかもなんて。本気で信じてそれを頼りに出てきたわけじゃない。と思う。 ただ、集落の人間として初めて外が現在どうなってるか、自分の目で確かめて回ることに意義があるんだから。決してこの機会は無駄にはならない。見て体験すること全部をしっかりと持ち帰ってあの土地と住んでる人たちを今後どうしていくべきか考える。そのための材料をありったけ何でも集めて帰る、そう決意を新たに頑張らなくちゃ。 多少の寂しさは織り込み済み。最初はいろいろとサポートしてもらって、少しずつでもここでのことを学習して生活のパターンを覚えたら。 ゆくゆくはここでも出来るだけ自力でやっていけることを目標にしよう。とわたしは窓の外に気を取られたふりをしながら密かに胸の内で自分に言い聞かせた。 新幹線。…本物の、実物の新幹線。
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