第14章 新世界より

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さっきまで冷静に脳内で自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせたばっかなのに。 びっくりするほどぴかぴかの巨大なターミナル駅の光景に、言葉の切れ端も出てこないほど呆気なく圧倒されてあんぐりと立ち尽くした。…全然頭、クールじゃない。 「すごい。…わたし、未来に来ちゃった」 「過去だよね。設定的には」 横から高橋くんが突っ込みを入れる。うん、そうなんだけどね。 わたしたちが百年以上昔にとっくに失って、もうこの地上に存在しない。と思い込んでたものが全てここにあった。そういう設定だったよな、と頭ではわかっていても。 「いざとなるとやっぱり、わぁ未来だぁ。って口には出ちゃう…。現代の自分たちより進んでる文明は未来って感覚は理屈じゃない、本能的なものなのかも」 呆然となりながら呟くと、彼は感慨深そうに同意して頷いた。 「そういうもんなのか。…集落で話してるときはどんな文明の利器もあれは過去のもの、ってきっぱり言ってたから。そういう染みついた感覚は拭えないものなのかと」 まあ、俺たちも。空飛ぶ車がびゅんびゅん飛び交って建物の合間を謎の透明チューブがうねうね巡ってる光景を見るとわぁ未来都市じゃんとかつい言っちゃうからな、例え存在しない未来でも。としたり顔で納得してるのに、わたしはちょっと冷静さを取り戻して突っ込んだ。 「そんな、小学生が図画工作で描くようなベタな未来図って…。でもさすがにそれは実現してないんだね。そんなのとっくにもうあるよ?とか平然と言われるのかと」 「いやNHKで放送してないものはないだろ。あったら普通にニュースとかで見られたはずだよ、集落でも」 そう言ってきらきらの壮麗な人工的構造物(陽が出てる明るい時間帯なのに。めちゃめちゃ電気贅沢に使ってるよ…)の中を一緒に突っ切るようわたしを促す。それは確かにそうか。 情報だけは実はリアルタイムで開示されてた、ってのが集落で育ったわたしたちの意識のアップデートにとって唯一有利な点ではある。 あれをずっとみんな深く考えずに無意識に見流してたけど、そういう形で外の知識は既に浴びるように与えられてたんだって気がついてその記憶を顧みれば。最低限、浦島太郎みたいに何一つ知らない状態で現代に放り出されるってことにはならないのはありがたい。 そこは集落の所有者もあれで一応気を遣ったわけだ。時系列について大胆な嘘を付いてまでしてTV放送を導入してくれてて助かった、と感謝するべきなのか。…いやそれ以前に。そもそも人間の集団を騙くらかして自邸の敷地内で飼うなよ。と遡って文句言い出したらそもそもきりがないが…。 「すごい、都会なんだ。駅舎がぴっかぴかでガラスもすごく贅沢に使われてて。本当に綺麗だねぇ…」 思わず足を停めてうっとりと辺りを見回してたら、少し眠ってちょっと頭がすっきりした顔つきの神崎さんに気軽に笑われた。 「ははっ、ここはまだ全然都会のうちに入らないよ。まあ思ってたよりは確かにだいぶ栄えてたけど…。よくある普通のこじんまりした地方都市じゃないかな。これで驚いてたら。東京駅見たらマジで腰抜かしちゃうんじゃないの、純架さん」 嘘ぉ。 これで都会扱いじゃないのか…。と、キラキラの居並ぶ構内の店舗やうねうねと続く人工的なエスカレーターを眺めながら呆然とする。 とぼとぼと彼らに挟まれて従順にわけもわからずただついていきながら、自分がちょっとショックを受けちゃったのは何でだろ。と割り切れずうだうだと思い巡らした。 …多分だけど、まだ見ぬ外の現代日本だって。東京とか大阪とか一部の大都会以外は、うちの集落みたいな(てか、せいぜいそれにちょっとばかし賑やかしを盛った程度の)そこそこの田舎で構成されてるっていう漠然としたイメージを持ってたから。 別に負け惜しみじゃないけど、このあと見る東京がどんなにものすごい都会でもそれは当たり前に予測がつくから。特にわたしだってそれほど驚きはしないような気がする。TVで東京の風景は日頃よく目にしてたし。 けど、そういうめちゃくちゃに栄えた大都市はきっと特別で。それ以外の普通に人が住んでるような場所は結構のんびりとしてて、自然とかもそれなりに残ってるんだろうな。そうじゃないとろくに食べるものだって作れない。 都会に送る農作物を作るための畑や田圃や牧場が都市の外側にずっと広がってるんだろう。ニュースやドキュメンタリーの映像でもよく農村は出てくるから、限られた都会以外の日本はみんな大体あんな感じ。と勝手に思い込んでた。 なのに。船が到着したマリーナもそこからタクシーで30分あまりの距離の新幹線が停まる駅も、わたしがこれまでまるで耳にしたことのない知らない地名だったのに…。 もちろんわたしが日本の地理に興味なさ過ぎなのは否定できない。けど、東京や大阪や名古屋とかに較べたら特に有名でもなさそうなこの辺りの土地でも。めちゃめちゃ想像以上にがっつり都市、だよね? 全然知らない名前の駅の周辺も、ううんそれどころか。多分高橋くんや神崎さんの感覚ではこれといった特徴のないありふれた幹線道路のロードサイドでも。
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