第14章 新世界より

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わたしにとっては充分に、コンクリートで固められた背の高い建築物がびっちり建ち並ぶ未来都市だった。これで特徴のない平凡な片田舎って、どれだけ今の日本列島って。人工物でがちがちに地表を埋め尽くされてんだ。普通の土の地面、もう全然ないの? 駅前だってあんなに高層のビルがたくさんで。もうここが東京じゃないのか?って唖然となりそうだったのに、神崎くんからすると思ってたよりはまあまあ栄えてるね。ってけろりと言って済ますレベルなんだ…ってのがまずショック。 もしかして日本って、隅々まで全部あのレベルに開発されてんの?自然なんてもう既にうちの集落周辺にしか。全く残っていないんじゃ…。 さすがにそれは大袈裟もいいとこで、実は日本の土地全体の3分の2が今でも森林。人はそれ以外の限られた平地にほぼ集中して住んでる、なんて事実もこのあと改めて知ることになるのだが。それはまたのちの話。 このときはもう、日本のどこ行ってもどの土地もこのレベルなんだぁってすっかり信じてしまって、半分気が遠くなりかけて頭ぐらぐらの状態で促されるままに切符を渡されて自動改札(正直集落を出てきて今回いちびびった…)を抜けて新幹線のホームへとたどり着いた。 「わ、ぁ…。本物だぁ…」 これも誇らしげにぴかぴかの輝く車体をライトの下に晒してゆったりと現れたその姿に、本気のまじで思わず漏らしたわたしの感激の呟き。 映像や写真で見て想像してたよりもすごく大きい!車輌長い! 「こんなに長ぁ〜い車輌って必要?一両の座席数、めちゃめちゃあるし。そもそも乗る人間の数がさすがにここまでいるわけ…」 ホームに滑り込んできた先頭車輌の中が比較的空いて見えたので、そう言いかけたけど。 次から次へと続いて入ってくる車輌が真ん中に近づくに連れて席がみっしり隙間なく埋まり始めたのに気づいてわたしは大人しく黙った。 東京へと移動する人の数、こんなにたくさんいるんだ。一体これが一日に何往復するんだろ。 このときのわたしはまだ、新幹線が10分おきどころか各駅まで含めれば時間帯によっては3分から5分おき程度でばんばん走行してる事実までは知らずにいた。 この時点でうっかりそんなことまで知らされてたらあまりのことに頭がパンクしてパニックになっていただろう。人はそんなにいっぺんに新しい知識を飲み込んですぐに消化できるわけじゃないのだ。 高橋くんと神崎さんの二人はその辺の塩梅を察して汲んでくれたのか。そうだね、とかすごいよねぇ新幹線。やっぱ間近で見ると迫力あるよなとか軽く受け流して同意してくれるだけでとりあえずはその場を済ませてくれたので助かった。 幸い、一見ぎっちり満席に見えたけど端っこの方の車輌にある自由席は空いていた。二人に連れられてそっちの扉口から乗り込み、ここに座って。と促された窓際の席に落ち着くと、やがて新幹線はすうっと驚くほど静かに滑らかに走り出した。 しばらくすると列車はトップスピードに入った。窓から近い鉄柱がすごい勢いでびゅんびゅんと後方へと飛び退っていく。 だけど遠くの景色はゆったりと穏やかに過ぎていく。こんなに速い乗り物を体験するのは言うまでもなく初めてだから、最初のうちはどきどきしながら食い入るように窓の外に見入ってたけど。 そのうち、車輌の揺れの緩やかなリズムやしっかりと深く身体を支えてくれる分厚い座席の座り心地の快適さ。それから思えば昨夜からろくに寝てない体調の影響もあり、呆気なくわたしの意識はふっつりとそこで途切れてしまったようだ。 気がつくと高橋くんが遠慮がちにわたしの腕に手をかけて、小さく名前を呼びながら揺すっていた。遠くでコノタビハゴジョウシャアリガトウゴザイマシタ。とうきょお〜、東京。終点ですというアナウンスが響いてる。 「着いたよ、純架。…大丈夫?起きれる?」 「へいき。…目、覚めたよ。ちゃんと…」 まだちょっとしゃっきりしない頭を何度か振って、何とか動けるよう意識を奮い立たせる。高橋くんが席の反対側に向いて神崎さんの方にもほら、起きろ。とわたしに対するよりだいぶぶっきらぼうな口調で呼びかけてるのをぼんやりと聞いていた。 ふわぁ〜めっちゃよく寝た!とご機嫌な声で満足げに呟く神崎さんをほら、早く。とせき立てて座席から立ち上がらせる高橋くん。通路側の神崎さんがどかないと彼もわたしも出られないので、まあそうなる。 「よく寝てたね。少しは疲れ取れた?まだ寝足りないでしょ、でも」 どんだけ現代日本には人が溢れてるんだろう。と目の前の光景に呆然として思わず足が止まってしまいそうなわたしの意識を呼び覚まそうとしてか、背中に手を添えるようにして横を歩く高橋くんがしきりに話しかけてくる。 東京駅がどんな魔境かダンジョンかは今考えると頭がそれでいっぱいになっちゃいそうだから、とりあえず彼との会話に集中して気を逸らすのが正しい。と理解して、わたしは気遣うようにこちらを覗き込んでくる高橋くんの方へと視線を向けた。 「…うん、でも。少しの間でも結構深く眠れたみたい。さっきよりだいぶ頭もすっきりしたよ。高橋くんは全然寝なかったの、新幹線の中で?」
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