第13章 脱出

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完全に単独で動いてるもんだとずっと思ってたからこれには虚を突かれた。まあ、そんなの。考えてみればこっちの勝手な思い込みなんだけど。 高橋くんはわたしの狼狽えぶりに呆れるでもなく、明るく笑ってあっけらかんと答えてくれた。 「それは、まぁ。だって単独で潜入して、その先で何があるかは全く保証できない状況だったんだし。さすがに外部との連絡手段の確保は欠かせないよ。それに、外と連絡取り合えないとさ。脱出するときのサポートの依頼も不可能ってことになっちゃうだろ?」 Xデーが具体化してから日数もなく、その後は慌ただしく脱出のための準備が進められた。 とは言っても実はわたしの方にはさほどやるべきことがない。 「あんまり荷物はたくさんは運べないんだ。だから、ほんとに最低限になっちゃうけど…。必要なものは外で揃えることになるかな、基本的には。まあ出来るだけ間を置かずに。なるべく早くここに戻って来ることを目指しはするから」 逆に、大切なものほどここに置いていった方がいいかもね。下手に外に持って行って失くしたりしたら悔やみきれないし、とかいかにも親切風な顔で説明されたけど。いやいやちょっと待って。一体どんな脱出方法を考えてるんだ…。 何て言っても外から入ってくるときに、あんな高いとこからばっさり飛ぶ、なんていう斜め上過ぎる思いきりのいいやり方選べる人だしな。いや、改めて今になって冷静に考えたら。あんなルート選択する?普通。 出るときにもなんかすごい鮮やかな、見る人をあっと言わせる派手な展開を考えてはいないだろうなとちょっと心配にならなくもない。 でも、下手に人目を集めたらその時点で、わたしを連れて行くのを誰かに止められないとも限らないし。入ってきたときのように派手派手に悪目立ちしても別に構わない、とはさすがに考えていないはずだが…。 いよいよ近くなったらちゃんと説明するから。他の準備より何より純架には、しっかり家族に宛てて手紙を書いておいてほしい。とにかくめちゃくちゃ心配させちゃうのは避けられないし、せめて必ず帰ってくることを約束して少しでも安心させておいてあげないと。 まあどんなに言葉を尽くしてもそれで心痛が吹き飛ぶとはいかないだろうし、そこはお父さんとお母さんに申し訳なくて。俺もどんなに平謝りしてもし切れないとは。思ってはいるんだけどね。 とさすがに苦渋の表情を浮かべて彼は重々しくため息をつき、俺からも謝罪と君の身の安全の保証の一筆は一緒に添えて残していくつもりだから。純架からもくれぐれもしっかり謝っておいてくれ、と頼んできたのでこちらもその意に応えるべく、四苦八苦しながら何とか両親への書き置きを仕上げた。 正直それがわたしの出発準備の中で一番大変な部分だったかも。親が心配する、悲しむことを重々承知の上で事前の相談もなく黙って出ていかなきゃならないっていうのはひしひしと迫る罪悪感で胸が押し潰されそうになる、全くもってやり切れない体験だった。 だけど、申し訳ない思いでいっぱいなのは間違いない一方で。それはそれとして、これから未知の世界に自分は出て行くんだ。って考えると無責任にもというか薄情にもというか。 とにかく理屈じゃなく無条件にわくわくするような、浮き立つ気分が自然発生的に湧き上がってきて。自分は生来変化とかなんて好まない無難オブ無難の安定を望むタイプなんだ、って根拠のない思い込みがみるみるうちに覆されていくのを目の当たりにするようで、ちょっと複雑。 生まれてそろそろ十九年近く、自分自身とはそこそこ長い付き合いだけど。案外本人って自分のことなんか何も知らないものなのかもしれないな。 いざ出て行くとなると、長年過ごした愛着のある場所に対する執着や名残り惜しい気持ちより(もちろんそれもあるけど)、もっとさらに先行きの見えない未来に対する憧れや期待の方が前に出て来る。こういうとき、自分が安定や平穏よりも積極的に変化の方を望むとは思ってもみなかったから。いろんな意味で新鮮といえば新鮮。 わたし、こう見えて意外と無鉄砲な部分もあったのか。地味で大人しい性格であることと無軌道であることって、案外矛盾せずに一人の人間の中に同居できる要素なのかもしれない。 …そしていよいよ決行、というその日の夜。彼はわたしの家にお招ばれして泊まり込むことになった。 決行日の日程は事前に決まっていて動かせないので、当日上手い具合にお泊まりに招待されるよう自然な流れで持って行ったのはもちろん高橋くん当人の対人スキルの為せる技だ。 人目のない夜中に示し合わせて二人揃って出て行くことを考えると、やっぱりその日は一つ屋根の下に居合わせる方が当然都合がいい。図らずも、以前に深夜に彼とこっそり外出して海までそぞろ歩いた体験がちょうど上手い具合に脱出の予行演習みたいになった。 昼間のうち、二人きりで彼の宿舎の部屋で過ごしてるときに着替えを渡された。 「今夜、お風呂から上がるとき。パジャマの下にこれを着ておいて。布地少ないから外から見てもわからないと思うけど」
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