第14章 新世界より

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彼だってわたしとほとんど変わらないくらい昨夜から睡眠は取れてないはず。まして深夜から朝方にかけて、神崎さんと交替でとはいえ船を操縦もしてたんだから。こっちよりだいぶ神経疲れしててもおかしくないんだけどな。 現に神崎さんのすっきりぴかぴかした顔つきを見てると、こちらの方は心置きなく移動中に快適な睡眠を満喫したみたいだ。別に敵や追手が襲ってくるわけでもないんだから、高橋くんも休めるときは少しくらい休めばいいのに。 もちろんわたしは列車に乗り込んで座席に身を落ち着けるなり、ほぼ間髪入れずにすうっと気絶してたった今まで意識もなかったわけだから。その間に実は高橋くんが起きてたのか寝ていたのかは、全然知る由もない。 けどこの人に限って言えば、わたしという(一応)庇護対象と部下を連れている状態で。具体的な外敵が存在してようがしてまいが、完全に油断して注意が逸れないよう、意識してずっと気を張ってるんじゃないかっていう偏見がある。 だから見てもいないのに勝手に、多少寝たとしてもせいぜいうつらうつら程度。何か動きがあればさっと起きられるよう、なるべく熟睡せずにここまで来たんじゃないかなとそんなイメージが頭に浮かぶ。 彼はわたしのその問いに案の定、こともなげにあっさり返答を寄越した。 「少しは寝たよ。やっぱり、こういう静かで座り心地のいい乗り物に睡眠不足のときに乗ると駄目だね。吸い込まれるように自然と気を失っちゃう。まあ、そうは言ってもやっぱ落ち着かないから。なるべく起きてスマホで済ませられる仕事片付けてたよ。電波あるとこに来たの久しぶりだから、いろいろ連絡しなきゃいけないところもあったしね」 そうか。 「もともと所属してた世界に戻ってきたんだもんね。しばらくは忙しくなりそうだよね、仕事もプライベートも。…でも、わたし以上に寝てないしもっとずっと疲れてるんだろうから。新幹線の中でくらい、周りを気にせず思いきって寝てもよかったんじゃないかな…」 余計なお世話、と自覚はありつつもやっぱり。と呆れるような気持ちも湧いてきて、ついそんな風にお節介な口を挟んでしまった。 それを耳にした彼がふと表情を和らげ、背中に添えるようにした(その実触れるほど近くはなく、浮くようにただ差し出された)手でほんの一瞬だけ軽く肩を叩く。 「ありがとう。心配してくれてるんだね、純架は俺のこと。…けど大丈夫、別にそんなに無理はしてないんだ。ただ気を張ってたのがまだ上手く抜けなくて。いろいろ考えてるうちにあっという間に東京に着いちゃっただけだから」 いや、やっぱり緊張感が抜けないでいるんじゃん。つまりは。 横から神崎さんがけらけら笑いながら能天気な口を叩く。 「大丈夫だいじょぶ、純架ちゃん。この人何かと神経質なだけだから。俺なんか、席に座った途端に催眠術食らったみたいにすぅー、だよ。てか、純架ちゃんが起きてたのか寝てたのかも気づかなかったくらいだし」 うん、わたしもだ。 てか、集落にいたときの彼との記憶から言うと。とわたしは周りをランダムな方向へと絶え間なく行き交う人たちにぶつかられないよう必死で気を張って足を速めながら黙って脳内で考えた。 特に高橋くんが神経質だとか重箱の隅を突くような性格だとか。細かいところにやたらうるさいとかいう印象がない。 どっちかというとまあ大体何とかなるでしょ。っていう腹の据わった大胆さと行き届いた注意力のコラボレーションといった風情なので。単にそれは彼の有能さの一部分でしかないように思える。 その後しばらく二人と行動を共にするうちに、神崎さんが彼のことをしきりに神経質だとか細かい部分にやたらこだわるとか文句を言うのは本人があまりにも細部に注意を払わないときに上司にちくりとやられるたびの意趣返しの憎まれ口でしかないことに気づいた。 多分言ってる本人も聞いてる当人の方も、別に本気じゃないただの戯言なのはわかってて言ってる。それを知って何だぁ、とあとから拍子抜けした。 まあ神崎さん自身も、最終責任はどうせ高橋くんがとってくれる。と安心しきっててどうにも細かい部分まで目が行き届かないこともよくあって。そのたび彼にお前は詰めが甘いとぴしりと指摘されても仕方ないところもあるな、と傍から見て納得しなくもないのだが。 そうは言っても肝心のとき、例えば集落から脱出するサポートみたいな絶対外せない場合には。浮ついたりパニックになることもなく一人であれだけ落ち着き払ってミスもなく行動できるんだから、年齢考えたら彼の方だって相当有能なうちに入るのは想像に難くない。 要するに、お互いに歳と立場考えたら比較的細かくて神経質。比較的大雑把で細かいところ気にしない。と双方で指摘し合って突っ込んでるだけなのでもうこれはお約束のようなもの。わたしは真面目に受け取る必要ない、ってことがだんだんわかってきてそのうちこの人たちのこんなやり取りには取り合わず丸ごとスルーするようになるのだが…。 とにかく、気を抜くとあらゆる方向からすごい勢いでびゅんびゅん飛ぶようにぶつかってくる構内を歩く人たちを警戒するのに完全に意識を持っていかれて。
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