第14章 新世界より

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乗車駅でのときみたいに東京ってすごい!と辺りを見渡して感慨に耽る、というような余裕を見せてる暇もまるでなかった。 人が多いより駅の造りが近未来的とかより、人流の動きが複雑でどこからどう出てくるか予測がつかないことに気を取られ、焦って神経をすり減らしてるうちに出口から外に出てしまった。…あれ? 「あの、ここで。…乗り換えとかしなくていいんですか?」 悠然と外の陽射しを浴びてきょろきょろ、と周囲を見回して何かを探してる風の高橋くんの背中についおずおずと声をかける。途端にわたしの後ろからついて来てた神崎くんが素っ頓狂な声で大袈裟に感心してみせた。 「へぇ、さすがだね。ターミナル駅で各路線に乗り換える必要があるとかそういうのは知ってるんだ。現代日本の一般常識はひと通り身についてるとは聞いてたけど、すごいな」 「それくらいならまぁ。…何でも普通に知ってると思われると。正直困る部分もある気がするけど」 果たしてこれは感心されるに値することなのか、それともただの過大評価なのか。判断する材料がなく、反応に困って肩をすぼめる。 「東京の地下鉄網は複雑で初心者は乗り換えでパニックになるだとか。東京駅の周辺は普通の人がたくさん住む住宅地じゃないくらいのことは知ってます。だからここにわたしの滞在するような場所はないんじゃないかなと推測…。あ、そうか。もしかして、お二人の働いてる会社がここにあるとかですか。まずはそっちに顔出して行くの?」 ぱぁ、とそんな発想が頭に浮かんで軽く手を叩いた。 そうか。きっとそうだよ、だって民間とはいえ。国の機関から調査を委託されるような企業だもん。 国家の中枢や官公庁と迅速に連携を取れるような、日本の中心部にオフィスを構えてるに決まってる。東京駅って確か、少し歩くと皇居とかもあるんでしょ? そういう国にとって重要な何もかもが集まってるような場所にこの人たちが所属してる調査会社の事務所もあって。普段から何かと政府の人たちと連絡を取り合って仕事してるスタイルなんじゃないかな。そうでしょ? だけど、何かを見定めてそちらへすたすたと移動する高橋くんの背を追うわたしを背後の神崎さんはあっさりと笑い飛ばした。 「はは、まっさか。うちの事務所はこんな東京の中心ど真ん中にはないよ。だいいちここ、住みにくいでしょ。スーパーもないしドラッグストアもない。人が暮らすのに必要なものが最低限も揃わないよね、ここの駅周辺でだけだと」 「え。…でも、仕事場としてなら」 賃料もめちゃくちゃ高いよぉ、と肩をすくめてる彼の方を思わず振り返る。 見た感じこれだけずらっとオフィスビルが立ち並んでるわけだから。仕事する環境として不便な要素ってそんなになさそう。 そりゃ日本の中枢部分なんだから日常生活を送るのに便利なでかいスーパーマーケットとかはないんだろうけど。そういうのはプライベートな生活の場なら重要なインフラでも、仕事場の近くにそんなに必要か?見た感じコンビニは普通にありそうだし。別にそれで充分なんじゃないの、と思うけどなぁ…。 国から直々に潜入調査を依頼されるようなエリート民間調査会社が賃料をそこまで気にするのか。っていうのもしっくり来ない。まあわたしたち集落の人間はそもそもお金を使うって概念がないから(仕事の報酬は全て配給の現物支給)。そういう感覚はぴんと来なくて当たり前なんだけど。 そこで神崎さんの方に振り向いて何か問い返そうとしたわたしの背中に、高橋くんの声が投げかけられた。 「うちの事務所はこの近辺じゃないよ。ここからタクシー拾おうと思って降りただけ。純架はもう疲れて限界だろうからね、そんな状態で初めての東京の乗り換えを複数回体験するのはきついから。もう一気に直に事務所に向かおうかなと。案外そっちの方が早いかもしれないし。今日はそんなに道混んでそうもないから」 平日の午前中だしね。と呟きを残してずんずん歩く彼の方に慌てて向き直る。確かに、その目指す方向にはタクシー乗り場の表示があって。数台の車がそこで手持ち無沙汰気味に客を待っている様子だった。 あれに乗って行くのか。と早くもすんなり納得するわたし。ほら、もうタクシーには既に慣れたからさ。何と言っても集落を出てから二度目の乗車だよ?達人の域に近いかも。 「じゃあ、オフィスは東京駅じゃないんですね。よく知らないけど人気のある大きな街って言ったら新宿?それとも渋谷とかですか」 わたしが知ってる東京の地名ってせいぜいそれくらい。だけど知ったかぶりで手当たり次第に口にしてみる。 有名企業がオフィスを構える場所なら、きっとわたしレベルの知識でも知ってるくらいのよく知られた街でしょ。あとは、…なんだろ。池袋とか。品川? 神崎さんが明るく笑ってわたしを高橋くんが移動する方へと促す。 「そんな繁華街じゃないよ。東京に負けず劣らず賃料高いし。やっぱり生活の場としてはあんまり向いてないでしょ。もっとこじんまりした住みやすい街じゃないとね」 だから。…オフィスの話なのに。やけに生活の利便性にこだわるなぁ、この人。
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