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渡されたものをその場で広げてみると、確かに。女性用のぴったりしたタンクトップに、超軽量素材のスポーツウェアのショートパンツだ。
布地面積的にいえば夏用のパジャマでも、すっぽり隠れて外からは見えなくなる。わたしは機能優先なシンプルデザインのそれをしげしげと眺めて、彼に率直に尋ねた。
「どうしたの、これ。さすがにこんなの。普通にここでは配給はされないでしょ?」
難しいことなんて何もなかった、ってこともなげな顔つきであっさり答える高橋くん。
「技術部に頼んだ。君がどうやら体力不足みたいに思えるから、これから一緒に毎日運動しようと考えてるんだって言って。当然、俺の分もあるよ。ほら」
確かに。いかにも新素材っぽい速乾性の生地のTシャツに、ん?
「これ。…運動用の?なんか素材違うね。丈も少し長い…」
わたしの知ってる、TVとかで見るランニングウェアのパンツじゃない…。もっと短いか、丈がある場合は逆にスパッツ状でぴっちりしてる。っていうイメージ。
彼はあっけらかんと躊躇なく一瞬で白状した。
「あ、わかる?さすがだね。純架は実際現物見たことないだろうから、ぱっと見わからないかと思ってた。これは水着だよ。本当は君の分もあればそれに越したことなかったんだけどね。さすがに不審がられるからね、海で泳ぐ気か?って」
だからTシャツの方はただのカモフラだよ、俺のは。君のと合わせただけ。本当に一緒に運動するって見せかけるためにねと楽しそうに打ち明ける高橋くん。それを耳にして、思わずウェアを持ってるこっちの手もぴき、と凍った。…まじか。
「え。…てことは、やっぱ。脱出経路、海?」
彼はわたしの手から自分の分のウェアを再び受け取り、小さく肩をすくめた。
「まあ、それはしょうがないでしょ。どう考えても空経由は無理だし。てかもともと俺一人の予定だったからね、最初からこの水着は持って来てたんだ。でもさすがに出るとき連れがあるとは来る前には想定してなかったから…。申し訳ないけど君は、これを着て。何とかついてきて、俺に」
「う、でも。泳げないし、やっぱり。無理かなぁ、…わたし。結局練習もしてないから…」
純架って泳げる?と以前に一回訊かれたけど。あのときに集落じゃ誰も泳がないし、練習する場所もないよって答えてそれきりだった。
今からでも少しくらいは習っといた方が?でも、きっとそんな簡単に泳ぎ方って身につかないよね。
「高橋くんに今から教えてもらうにしても。昼間、二人して海に入ってたりしたらいくらここの人たちが浜辺までは出てこないにしてもさすがに気づかれそう。全身びしょびしょになるわけだし、あの子たち何してんの?って噂になってめちゃくちゃ目立ちそうで…。それともこないだみたいに深夜、人目のない時間帯に。こっそり家から抜け出してとか?」
それでももう日数がないし。ほんの数回深夜の特訓を受けたくらいじゃ、多分泳げるようにまではならないだろうなぁ。わたし、運動神経特にいい方じゃないから。
彼はそれを聞いてすっと生真面目な顔になって、ゆっくりと首を横に振った。
「夜の海は危険だから。できる限り入る機会は少なくした方がいい。って言っても本番は深夜にしか決行できないからね。そこはもう、避けようがないけど。まさか昼間に大々的に脱出!ってわけにはいかないし」
飛び込んできたときは堂々真っ昼間だったのに…。まあ、言いたいことはわかるよ。一旦入って来たあとは逃げも隠れもする気ないし、飛んじゃったあとはもう阻止される恐れはないから思いきって大胆に決行できたけど。
出て行くときは高橋くん一人ならともかく、わたしっていうここで生まれ育った生え抜きの住民を連れて行くわけだし。途中で見つかれば止められて引き戻される可能性が高いから、人目のない時間帯に実行出来ればそれに越したことはないっていうのは。
でも、深夜の真っ暗な海は危ないから練習は無理とまで言っといて。それでいていきなりで本番はそのまま行けってか。てかそれ、まじで。わたし死ぬんじゃ…。
「…多分、気持ちとしてはついて行きたくても。身体能力的に無理だと思う…。仕方ないから今回はもう、諦めるかな。ああ、うん、でも大丈夫。高橋くんの任務や実際に外がどうなってるかってことについては。勝手に他の人に話したりはしないから…」
思わず光の失せた目でぼそぼそと呟く。高橋くんはああ、ごめんごめん。と笑ってわたしに背を向け、ごそごそと何かを取り出そうとしてる。
「言うの忘れてたね。君は別に、泳がなくていいんだ。純架が泳げないのはちゃんと聞いて承知してたんだから…。それで、これを用意しといたんだ。君はただこれにしっかり掴まって。絶対に放さないよう、それだけ考えててくれれば大丈夫だからね」
振り向いてぽんと寄越した透明な軽いもの。…ペットボトル?
一応集落でも、ペットボトルの飲み物は手に入る。そんなに頻繁にとはいかないけど、特別なときにはジュースなんかの配給は出るから。さすがにお茶は葉っぱでお湯沸かして自分で淹れろ!となるけど。
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