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こっちがわたしの個室を使ってる高橋くんを起こしに行くのはまだともかく、彼が妹の部屋で寝てるわたしを呼びに来るのはまずい。声や物音で麻里奈を万が一にも起こす羽目になったら洒落にもならないし。
そう思って気を張ってたけど、結局目は爛々と冴えてまるで眠くもならなかった。多分むしろ寝ろと言われても眠れなかっただろう。
やっぱりアドレナリンが変な風に湧いててテンションがおかしかったらしい。じっとただ固まって、ひたすら横になって時間になるまで待つのもかなりつらかった。
やがて、家を出る約束の時間が近づいてきた。
そっと音を立てずに布団から出て、妹の平和な寝息を背中で聞きながら扉から出る。今振り向いたら戻りたくなっちゃう。しっかりしなきゃ。
わたしにしかできない、この集落やみんなを守る手段があるかもしれない。少なくとも今の状態のまま誰も何もせずに放置するのが最善とは。わたしにもさすがに思えないから。
何が出来るかわからない。結局何の役にも立てなかった、としおしおと肩を落としてただ帰ってくるだけに終わるかも。それでも可能性が少しでもあるならせめて出来るだけのことをしよう。
そう自分に内心で言い聞かせて気持ちを奮い立たせる。
わたしがドアを開ける気配に気づいたのか、すぐに隣の部屋から高橋くんも出てきた。さすが、本当に物音を立てずにすっすっと動く。きっとこんな場面、本職にとっては結構慣れっこなんだろうな。
『じゃあ。…いいかな。行くよ?』
『…うん』
考えちゃ駄目。今考えたら足が止まっちゃう。
母と父の寝室の方には目を向けないように逸らして、わたしは高橋くんの後について短い廊下を進む。
リビングのテーブルの上にそっと手紙を載せると、高橋くんも無言でその横に自分の分を添えた。中身確認してはいないけど、彼のことだから。事情がわかるようにきちんと上手く説明してくれているはずと信じてそのまま家をあとにした。
以前にもこの人と一緒に、こっそり夜中に家を抜け出して海辺まで行ったことがある。だけどさすがにあのときと同じような気持ちにはなれないな。
似たような時間に同じ道を同じ連れと辿ってるのに。こんなに全てが違って見えるもんなんだ。
思ってたより視覚って、感情で左右されてるものなんだな。と何処か感覚の麻痺した他人事みたいな感じで、わたしはとりとめもないどうでもいいことを黙々と足を前へと動かしながら考えていた。
まだ海へと辿り着かない途中のタイミングで。高橋くんが肩にかけてる小型のバッグからぴっぴっ、と小さな電子音が鳴った。
「ちょっと待って。…はい。もう着いた?」
足を全く緩めずにさっさっと歩きながらバッグから小型の通信機のようなものを取り出し、ためらいなく応答した。…え、あれ携帯?いやよく知らないけど。スマホっていうには。少し大きいんじゃ…。
「うん。…うん、大丈夫。もう着くよ。誰にも見られてなさそう。…すぐ行くから。今から準備しといて」
ぴ、と通話を切って手早く再びバッグにしまう。口振りからして割と気の置けない相手って感じ。同僚というか。…後輩とか、部下?
「それ、携帯?もしかしてずっとそれで、外と連絡取ってたの?」
別に黙っててずるい。とかは思わないけど、見せてもらってもわたしは外に連絡したい相手もないし。
けどつい、歩きながら興味津々で覗き込んでしまうところがなんか、我ながら田舎者感丸出しで残念だ。どっちかというと好奇心でいっぱいの小さな子に対応してる感覚なのか、彼は微笑ましそうに笑って端的に説明してくれた。
「スマホじゃないよ。一応持っては来たけどね、やっぱりここってどうしても電波届かないみたいで。まあそういうこともあろうかと思って用意しといたんだけど。今のは衛星電話って言って、高山とか極地とか。人が住んでないようなとこでも使えるやつ」
「へえ。そういうのあるんだ」
あとで落ち着いたら改めて見せてもらおう。とわたしはわくわくと考えながら思いついたことを口にした。
「だったらWi-Fiとかアンテナなくても、ここの人たちと外とで連絡取れる手段ゼロじゃないんだね。戻ってきたときにはそういうの、導入できたらいいなぁ」
いつでも電話で話せるんなら、わたしが外で暮らしてても親もだいぶ気が楽になるだろうと思うし。と考えてそう言うと、彼はわたしのそんな気持ちを推し量ったのか頷いて、でもやや否定的な反応を返してきた。
「衛星電話はね。結構いい値段するんだよね。実はこれも、依頼主からの借り物。便利だからうちでも正直欲しいなと思ったんだけど。この件終わるとそんなに使う機会ないからね…」
「そんなもの?」
うちの集落みたいに電波も来てない田舎、今でも日本に結構あるのかと思ってたんだけど。想像以上に本格的に国土の開発は進んでるんだな。
高橋くんはバッグの外から電話の入ってる辺りを軽く叩いてみせて答えた。
「普通の人は日常全てのことにおいて大体スマホで足りるんだよ。だからそれこそ南極北極とか、エベレストとかアマゾンとか。がちで電波来ない特殊な環境じゃないとニーズないから、やっぱりそれなりにする。集落の各家庭に置くほどは難しいかな…」
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