第13章 脱出

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「…そっかぁ」 ちょっと残念、って反応でつい肩を落としてしまった。高橋くんはすかさずそんなわたしのフォローに回る。 「ていうか、今回の件が全部無事解決して集落が開放されることになったら。普通にアンテナ設置してもらうか電話引いてもらうといいよ。どのみちいつかはそうするべきだと思うし」 「えーでも、つまりは極地並みの僻地ってことでしょ、ここ?そんなとこに。電話会社、依頼しても対応してくれるかなぁ…」 思わず気が引けて弱気にそう呟くと、彼はすたすた歩みを進めながらもちょっと呆れたように突っ込んだ。 「何言ってんの、全然問題ないよ。てかここ、世界的規模の財閥トップの私邸の庭の一部だよ?その気になればいくらでも…。ていうか、そもそもさ。おそらく間違いなく集落の域内でも、技術部とサルーンには既に電話線、敷かれてると思うよ。でないと外と連絡取り合えないはずだから」 「あ。…そうか」 わたしは彼に遅れまいとせかせか足を運びながらも、一瞬ぽかんとなった。 「そういえば、多分外とのホットラインあるって言ってたね。そうか、向こうとはトンネルで繋がってるんだから。そこに線引っ張ってくればいいだけか」 「うん。そのうち、全部大っぴらになって外がどうなってるかわかるようになれば自然とそういう流れになるでしょ。特に難しい工事じゃないと思うよ。…そうなったら東京に住んでも、純架もいつでもお父さんお母さんや麻里奈ちゃんと話したいときに話せるね。早くそんな日が来るといいよね」 「…うん」 わたしの気持ちを軽くしようとして言ってくれてるのがわかる。わたしは上手く返せなくてかろうじて声を出して頷き、下を向いた。 この人、どうしてここまでしてくれるんだろう。もともとは集落の調査が終わったらわたしたちには何も告げずにさっと元いた場所に帰って、結果をそのまま国の機関に報告して任務終了。それで充分、誰にも文句は言われなかったはずなのに。 ていうかむしろ、こうやってわたしみたいな内部の人間に事情を打ち明けてしまって。その上私的な判断で向こうの世界へ連れ帰って、しかも集落の存続のために(あるいは、発展的解体のために?)一緒に奔走しようとしてる。 実際にどれだけそのことに労力を注げるかはわからない。この人やその周りで一緒に仕事をしてる仲間にだって、普段の本業や生活があるだろうし。 それでも、この集落のみんなやわたしと知り合っていざ縁が出来てしまうと、やっぱり放っとけないから手を差し伸べずにはいられないなんて。 そんなことしても彼には何の得にもならないし、下手したら業務外の余計なことをしたと言って政府の担当者からはあとで責められるかも。 そうなったら申し訳ないなと心配にはなりつつも、やっぱりわたしは彼の負担になるのを承知で今日ここを出て行く。 他の伝手もやり方も知らないから、この糸を頼るしかない。結果がどうなるかも不透明なままに。 あとで返せるものがあるなら何としてでも返そう。と心の底で密かに誓ってる間に相当な急ぎ足で進んだ甲斐あって。わたしたちは普段よりだいぶ速いスピードで深夜の浜辺まで無事辿り着いた。 ぐるり、と頭を巡らせて真っ暗な海を見渡す高橋くん。どうやら何か探してる。 やおらバッグから電話を取り出し、タップして顔の横に当ててから声を落としてわたしに囁いた。 「…ちょっと待ってね」 コールは一回、二回も鳴らなかったと思う。待ち構えてたように即相手が出た。 「…あ、俺。今どこ?…え、もう来てる?」 何が? 何故か一瞬夜空を見上げてしまった。何でだろう、高橋くんが最初にここに来たとき空からだったからかな。それとも前に国際宇宙ステーションを目撃したときの記憶のせいか。 どのみち、空から助け手が降りてきてわたしたちを収容してくれるってのは多分ないはず。だとしたらわざわざ海に入る意味ないし。 高橋くんはさっと視線を左側の崖の切れ目の方へと向けた。 「そっちか。…ああ、うん、確かに。ちょっとだけ影が見えてる気がする。そしたらそっちに向かって泳げばいいんだ?」 了解、と告げててきぱきと通話を切る。わたしは目を細めて崖の向こうを試しすがめつした。…本当だ。 「なんかいる…」 全容は見えてない、黒い影。思わずちょっとぞっとした。何も知らないでじっとただ身を潜めてる、物言わぬあの姿だけをいきなり見たら。 なんか禍々しいものと勘違いするかも…。 もっとも高橋くんには全くそんな感覚はないようで、わたしを促してさくさくと速足で砂地をそちらの方へと進む。 「一応目立たないように全部の灯りを消してるって。俺たちが目指す目印に一個だけ灯りを点けてくれるよ。…出来るだけ泳ぐ距離が少なくて済むように、ぎりぎり縁まで行こう」 「高橋くん、そんなに長い距離泳げないとか?」 うっかり失礼なこと訊いた。彼は特に引っかかる風もなくこともなげに返してきたけど。 「俺は普通にそこそこ泳げるよ。純架の方だけど、これに掴まってる時間がなるべく短い方が安心でしょ?」 通りすがりに流木の陰に隠してあったこないだのペットボトル四本束を拾い上げ、軽く叩いてみせる。…それはまあ、そうだ。
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