第13章 脱出

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とぼとぼとかなりの距離を歩いて、やっと崖の近くまで到着した。視界を遮るものがないと距離感がバグるけど、実はこの砂浜って結構端から端までが広いんだよね。 「じゃあ、ここから行こうか」 彼がバッグとペットボトルの浮きを降ろして支度を始めると、ちょうど狙いすましたようにそのタイミングでぽっ。と船の方で光が灯る。 「やっぱそこそこ距離あるな…。純架は、何も考えなくていいから。とにかく浮きから手を離さないことだけ、それだけ意識して」 もちろん。離したら死、そう肝に銘じますとも。 考えたらパジャマのままここまで来てしまった。別に外では必要ないかな、と思ったけど。 ここにわたしの脱ぎ捨てたパジャマと靴が落ちてたら多分事件感半端ない。そう想像するととても置いて行けず、仕方なくざっと畳んで持ってきた数枚の服と一緒にビニール袋に入れることに。 高橋くんも脱ぎ捨てた服を小型のバッグに入れ、それを手慣れた様子で頭の上に固定した。 服や靴や最低限の持ち物が入ったそのビニール袋をペットボトルの上にテープで貼り付け、少し考えたけどテープのロールはそこに置いていくことにした。勿体ないなと思いつつも、余分な荷物は減らしたい。背に腹は代えられない。 誰か気がついて拾って使ってもらえるといいね、と頭の中で呟いてそれを崖際に置いた。先にずんずんと波打ち際に進んだスイムウェア姿の高橋くんが、ぽんとペットボトルの束を水面に浮かせてこちらを振り向く。 「純架。…おいで」 わたしはふぅ。と深くため息をつき、ものすごい勢いでどきどき動いてる心臓の音を無視して何食わぬ顔でそっちへと歩いていった。 夏の終わりの深夜の海水は、思ってたよりだいぶ冷たく感じた。 ひや、と一瞬叫びそうになったくらい。だけどゆっくりと浅瀬を歩いて進むごとに、少しずつ水位が上がってきてやがて腰まで浸るのを感じたときにはもうそれどころじゃなく、めちゃくちゃ頭パニックになりそうになってた。 「…やっぱ、水怖いよね。生まれてからずっと海は毒素と放射能だらけって言われて育ったんだもんな。そういうのって、理性ではわかってても簡単には抜けないよね」 そろそろこれにしっかり掴まってて。と言われてお腹くらいの高さに浮かんでるペットボトルの浮きの上部に両腕をかけた。まだがっちり全身でしがみつくには位置が低い。 だけどそのままロープを掴んでしばらくわたしの前を歩いて進んだ高橋くんが、一瞬「あ」と声を出したかと思うと、その身体がふわんと水面に沈んでまた浮かんできた。何となくふわふわ揺れながら、頭が振り向いてこちらに呼びかける。 「そこから急に深くなってる。両腕しっかり浮きにかけてから前に進んで。…慎重に、ゆっくりとね。ほら、そこ」 「う。…わ、ぁ」 本当にいきなり、ふっと足の下がなくなった。 慌ててしっかり上体をペットボトルの上に載せようとするけど、身体が安定しない。パニックになりかけるわたしに高橋くんがゆったりといつも通りの声をかけた。きっとそれ以上わたしの頭が真っ白にならないよう、なるべく普段通りの態度を保とうとしてくれてるんだろう。 「むしろ、腕を伸ばして。余計な力を抜いた方がいいよ。人間の身体って放っといても浮くようにできてる。沈む方が実は大変だから…。顔さえ水面の上にあれば絶対溺れないから。腕だけしっかり掴まって顔を上げて、あとはだらんと水の中でリラックスして。…騙されたと思って言われるままに一回、やってみて」 まるで子ども向け水泳教室だ。 どうせここまで来たらもう引き返せない。歯を食いしばって泣きそうになりながらも、めり。と音がするほど空のペットボトルの束に必死にしがみつき、顔を上げて腰から下をもうどうでもいい、とばかりにやけくそに力を抜いて水中に投げ出した。…と。 ふわぁ、とお尻と脚が浮き上がってきていきなり全身が楽になる。そうか、水の中だと。こんなに身体って軽いんだ。 「わぅ。…浮いたぁ」 思わず子どもみたいにはしゃいだ声が喉から漏れる。高橋くんがすう、と浮きに繋がったロープを引くと自分もそれにつれてすーっと進む。やだ、なんか楽しい。これ。 綻んだ顔を彼に向けると、月の微かな光の下でその表情がわたしにつられてか僅かに緩むのが窺えた。 「ね?意外と簡単に浮くでしょ。気持ちいいよね、水」 「うん。…かも」 高橋くんがかなり泳げるのは事実みたいで、片手でわたしの掴まってる浮きのロープを引っ張りながらゆったりと泳いでいく。わたしはただ脱力してペットボトルに掴まってるだけで、すいすいと暗い水を切って前に進む。 ほんと、何なの。めっちゃ楽しいじゃん、これ…。 「純架。…ほんと上手だね。初めてとは思えないよ、海」 「そぉ?」 うっかりちょっと得意げな声が出てしまい内心で苦笑した。いくら何でもちょろ過ぎでしょ、わたし。 「うん。その感じならすぐ泳げるようになりそうだな。あの、そしたらね。身体をなるべくぴんと後ろに伸ばして。両脚を揃えて、交互にばたばたしてみて」 「こう。…かな」
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