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プロローグ
「はあ?」
目に飛びこんできたニュースを頭が認識した瞬間、開いた口からドスの効いた驚嘆の声が漏れた。
〈ReXのロイ(23)が若手実力派女優と真剣交際か⁉〉
そんな見出しがつけられた記事のサイトをおそるおそる開いてみれば、若い男女が暗がりの路上でキスしている写真が映し出される。
その男のほうをよく見てみれば、ステージで着ているような派手な衣装とは違うシンプルな私服だが、帽子にもマスクにも隠されていない横顔はロイで間違いない。
いや、ロイはこんな馬鹿な真似をするような奴じゃない。
いつだって完璧に歌やダンスをこなして、演技だって主演を何本も任されるくらいにはできて……。
頭で拒絶しつつ、どこか粗がないかと記事の文章を読もうと何度も目を通そうと試みる。
だけど、いくら文字を見ても目が滑ってしまって全然内容が入ってこない。
「ああ、ダメだ」
今は無理だ。
数分格闘した末に諦めてサイトを閉じると、暇つぶしのために見ていたはずのSNSのタイムラインは次々と俺と同じReXのファンたちの阿鼻叫喚のメッセージで埋め尽くされていく。
『今が一番ReXにとってもロイにとっても大事な時期なのに、メンバーの中でも責任感の強いロイがそんなことするはずがない』
『はあ? 今日からライブツアーが始まるのに何してくれちゃってんの???』
戸惑い、怒り、憎しみ、一抹の希望。
愛がある故に強すぎる感情がメッセージの節々から伝わってくる。
そのメッセージの数々をどこか他人事のように眺めていると、最新のメッセージのアカウント名がReXだった。
〈私、ReXのロイは週刊誌の報道通り、真剣に交際させていただいています〉
熱愛報道さえなければ、なかなか投稿しないロイの投稿を素直に喜べただろう。
まだ色々と書いてあるけど混乱しているこの状況ではまともに読めるはずもなく、SNSごと閉じると放心状態で項垂れた。
そうしてしばらく何も考えないでいると、思考を取り戻していくとともに周りの様子が変わっていることに気づいた。
報道があるまではこれからのライブに期待し、喜びに満ちた話し声やはしゃぐ高い声が聞こえてきていた。
だけど今は一変し、すすり泣く声や罵声に近い声が聞こえてきて、どんよりとした空気が漂っている。
なんてったって今日はライブツアーの初日で、ここはライブ会場前の広場だ
周りにはReXのファンしかいない。
「クソが」
そう言わずにはいられなかった。
俺は決してガチ恋ではない。
だから、ロイが恋愛していたっていいじゃないか。
俺はただ、同じ男としていつも完璧な姿を見せてくれるロイがかっこよくて、雑誌などで語る将来への展望や物事に対する考え方に憧れていただけで……。
ああ、なんというか。
俺が見ていたロイは嘘だったのかなあ。
俺が好きになったロイは恋にうつつを抜かすような人間なんかじゃなかったはずなのに。
じっと地面を見つめ、ぐるぐるとそんなことを考えているとポツリと水滴が地面を小さく濡らした。
雨でも降ってきたかと顔を上げれば、そこでやっと自分が泣いていることに気づいた。
完璧な人間なんていない。
そんなの、わかっている。
ロイだってアイドルである前に一人の人間なんだから、人に恋をするのだって当たり前だろう。
……でも、それでも、ロイには完璧でいてほしかった。
俺の憧れたロイはきらめく芸能界の中でも誰にも負けないくらい輝いていて、メンバー思いで、いつも周りに感謝を述べているような人で。
いや、こんなの俺のエゴを押しつけているにすぎない。
でも、でも……。
必死に自分を納得させようとするほど、自分の中で築かれてきたロイが崩壊していく。
そこから顔を現してきたのはひどい嫌悪感や失望で、こんな気持ちをロイに対して抱くとは思っていなかった。
もう、完璧なアイドルはいない。
「じゃあ、俺が完璧なアイドルになってやる」
激情から湧き上がってきた決意を固めて呟くと、そばに置いていたリュックを背負って勢いよく立ち上がる。
いつか俺もここに立ってやるとライブ会場を目に焼きつけると、地獄と化した会場を後にした。
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