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「あれからもう五年が経っているのか……」 収録を終えて楽屋に帰ってくると、ふと壁にかかったカレンダーが目に入ってくる。 そうすると疲れもあって無意識に呟けば、忘れたくても忘れられない記憶が脳裏に甦った。 本当にいい加減、忘れてもいいだろ。 連日の仕事で心身ともに疲弊しているのもあって腹の底から深く溜息をつくと、誰にも見られていないのをいいことに少し乱雑に靴を脱いで畳に座りこんだ。 五年前の今日、憧れていたロイの熱愛報道がされた。 そして、それを境に俺はアイドルを目指すようになった。 あのとき、俺はただの高校一年生の十六歳だった。 それがいつの間にか二十一歳になっていて、世間からは人気アイドルと呼ばれるようになった。 今日、一人仕事でよかった。 メンバーがいる前だと、どうしても気を張ってしまってこんなだらけた格好はできない。 そういえば、マネージャーさんは……。 ああ、違う番組の収録をしているメンバーの様子を見てくるって言ってたっけ じゃあ、マネージャーさんが戻ってくるまではそのままでいいか。 とりあえず、上着だけでも脱いでおくか。 重い腕を動かすと、羽織っていたジャケットを脱いで放る。 そうして改めて壁に背を預けると、両足を伸ばして脱力した。 あのあと、ReXは急激に人気を落とした。 ReXは五人グループだったが、センターのロイの人気が大きな支柱になっていた。 だからそのロイの人気が崩壊してしまえば、面白いほどにグループの求心力はなくなり、一年後には活動休止。 そのまた一年後にはグループは解散し、皆別々の道を歩いていった。 ロイはといえば、グループ解散するとそれを待っていたかのように報道された女優と結婚した。 どんなに人気が落ちたとはいえ、熱狂的なファンが残っている上に確固たる実力を持っているため、今ではアーティスト活動をしながら俳優として活躍している。 あんなことがあっても、ロイは芸能界で圧倒的な人気を誇っている。 誰よりも華やかで、どの場所でも才能を開花させていて。 それがどんなに偶像だとわかっていても、心は惹き寄せられて離さない。 俺はといえば、ロイへの失望や怒りを原動力に芸能界の扉を叩いた。 がむしゃらに歌やダンスを練習して、その合間に演技やトークの勉強をして。 決して学業も怠ることなく、どこから見られても完璧に見られるように自分をつくって。 そのときずっと脳内に流れていたのはロイより成功し、たくさんの人の歓声に包まれる自分の姿だった。 その結果、高校二年生のときに運良く事務所の中で新しく組まれるアイドルグループのメンバーの一人に選んでもらえた。 三歳上で、誰に対しても気さくに話しかけてくれて頼りになる優成くん。 二歳上で、口数が少なく大人びていて、歌とダンスが練習生の中でもダントツで上手い伊織くん。 同い年で、ほぼ同じくらいの時期に入ったのもあって練習生の中でも一番仲がいい晃希。 一つ下で、少しやんちゃだけど練習は誰より真面目に取り組むから皆に可愛がられている諒。 図らずもReXと同じ五人グループ。 結成当時、俺は晃希とは仲良かったけど、諒や優成くんとは片手で数えられるくらいしか話したことがなかった。 その上、伊織くんは遠目で見かける程度だったから、始めはどうなるのか少し不安だった。 そんな中、先輩のコンサートでバックダンサーをして、自分たちも小さなライブ会場でライブをして。 忙しなく経験を積んでいく合間に最年長の優成くんが中心となって定期的にメンバー全員で話す機会をつくったり、あえて色んな組み合わせで自主練をしたりしていく内にだんだんとみんなと打ち解けていった。 そのみんなの努力を見ていてもらえたのか、着実に応援してくれるファンの数が増えていき、俺が高校三年生の終わりにメジャーデビューを果たした。 今年で二年目だが、アイドル活動だけではなくグループでレギュラー番組を持たせてもらえるようになったり、個人での仕事も増えたりしている。 そのおかげで休む暇もないくらい忙しく、紹介されるときには人気グループと飾り言葉をつけてもらえるようにもなった。 このまま行けば、全盛期のReXのような……。 いや、ReX以上の人気グループになれるかもしれない。 「はあ」 まだ誰にも話したことのない壮大な野望を想像した途端、急に口から溜息が漏れる。 そうすると身体に溜まった疲弊がのしかかってきてずっしりと身体が重くなり、壁を滑るようにずり下がっていけば、畳の上に寝っ転がって天井を見上げる。 今日で五年が経ったというのに、いつまでも忘れられないでいる。 俺の中の理想はずっと完璧なロイの姿で、俺の妄想だとわかっていても追いかけずにはいられない。 それはそれとして……。 「つかれた」 最近、これしか言っていない気がする。 一人になると、つい言ってしまう。 これからさらに大事な時期になってくるからもっと精力的に活動したいのに心が追いつかない。 ただ目の前の出来事をこなすのに必死で、気付けば疲れだけが溜まっていく。 もう、今日は何も考えたくない。 忙しなく人が往来する廊下の音を聞きながらぼんやりとしていると、いきなり楽屋のドアがノックされた。 「碧(あおい)くん、入るよー」 マネージャーさんの声が扉の向こうから聞こえてくる。 その瞬間、呆けていたのが嘘のように飛び起きると、なんでもなかったかのように立て膝をついて座った。 「はーい」 一回小さく咳をすると、普段と同じように明るい声をつくって返事をする。 そうすると俺の声に反応してドアノブが捻られ、ゆっくりと扉が開いていった。 「おまたせしてごめんねえ。諒くん、ちゃんとやってたよお」 マネージャーさんがいつもの調子でのんびり言いながら入ってくると、俺に視線を向ける。 その目と目が合うとただでさえ困り眉のマネージャーさんの眉が八の字になり、わかりやすいほど心配の表情になった。 「どうしたの? いつも一番早く帰り支度整えてるのに。もしかして体調悪い?」 「うーん、ちょっと疲れちゃったかも」 「最近、スケジュール詰まってたもんね。明日は久しぶりに一日休みだからゆっくり休んでね」 「そうさせてもらうよ」 そう答えて力なく笑うと、のろのろと立ち上がって隅に寄せていた自分の荷物に近づく。 手始めにズボンからベルトを抜くと、腹周りの締めつけがなくなって幾分か楽になる。 「それじゃあ、着替えたら教えてね」 「はーい、すぐに着替えるから」 小さく手を振るマネージャーさんが出て行き、扉が閉まるのを見届けると、重い身体を動かして私服へと着替えていった。
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