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「先週、優成くんは何したの?」
「優成くんはね、始めに近況話してスクショタイムして、今回はハンバーグつくってたよ」
「優成くん、最近生配信のたびに料理してない?」
「それだけハマってるんだよ。僕も食べさせてもらったけど美味しかったよ」
わかっていたけど、やっぱりそうか。
マネージャーさんと会話しながらそう思うと、今日の流れを書こうと出したはいいものの真っ新なままの紙を一瞥して溜息をついた。
「やっぱり俺、生配信苦手だよお」
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「でも、うーん、どうしよう……」
言葉を詰まらせると、目を閉じて机に突っ伏した。
各主要なSNSのアカウントは事務所管理で持っていて、そこでメンバーみんなの写真を載せたり生配信をしたりしている。
芸能界を目指す前ですら見るためのアカウントしか持っていなかったから、写真はマネージャーさんやメンバーに撮ったものを載せてもらうだけ。
生配信に参加するときは、メンバー全員か晃希に誘われて二人でやるくらいだ
反対に晃希や優成くんはSNSでのアピールが得意で、自分から積極的に写真を載せたり一人で生配信をしたりする。
だけど今回は初めてのアルバムが発売される記念として、五週連続でメンバーが一人で生配信することになった。
今のところ晃希、諒、優成くんと順に生配信していて、ファンからはとても好評らしい。
そんな中、四週目に俺の番が来てしまったが、全くといっていいほど何をやるか決まらない。
「碧くん、あんまり自分のこと語らないし、趣味とか最近ハマっていることを話したらファンの子たちも喜ぶんじゃないかな?」
「……そういう、ものなのかなあ」
「百人いて百人全員を満足させるのは難しいけど、好きな人のことを知りたいって思う人は大勢いると思うよ」
マネージャーさんはいつも通りの穏やかでのんびりとした口調でそう言うと、手際よく生配信の準備をし始める。
そういうものなのか、でも確かにそうかも……。
一旦生配信のことを忘れ、マネージャーさんの言葉を自分の身に置いて考えると、じわじわと記憶が甦るとともに納得していく。
俺もロイを好きになり始めた頃、何でもいいからロイのことを知りたくてインターネットで調べたっけ。
それだけで足りなくなると、ロイが出ている雑誌やテレビ番組を探しては隅から隅まで目を通し、宝物のように溜めていた。
そのとき、前に見たライブの光景が脳裏に広がった。
うちわに書かれた俺の名前、俺のメンバーカラーに光るペンライト。
あの子たちも俺のことを知りたいと思ってくれているのだろうか、そうだったら嬉しい。
……なんか、久しぶりにファン側の気持ちを思い出した。
「趣味の話とか、してみようかな」
「いいじゃん! ついでにスクショタイムもしてね」
「ああ、うん。スクショタイムってポーズとか取ればいいのかな?」
「そう。碧くんがポーズを取ったり表情をつくったりしてスクショしてもらいやすくすれば、ファンの子たちがスクショしてそれをSNSに載せてくれるよ」
マネージャーさんの説明を聞きながら紙に趣味や好きなことを書いていく。
とはいえ、家では本ばかり読んでいて、あとは演技の勉強をするために映画を観るくらい。
最近見た本とか映画について話せばいいだろうか。
でもそれじゃあ、途中で間が持たなくなりそう。
あと何かあるかなあ……。
夢中になって考えていると、突然扉がノックされる。
反射的に扉のほうへ顔を向ければ、マネージャーさんが対応しようと扉を開けてくれる。
「あっ、伊織くん」
「伊織くん!」
思っていなかった人の登場に思わず立ち上がる。
すると、今度出演する映画のために真っ黒だった髪を金髪にした伊織くんが部屋に入ってきた。
「今から生配信か」
伊織くんはいつも通りの無表情でどこか冷たい目線を俺にやると、まっすぐ歩いてきて俺の隣の椅子に腰かける。
その行動に驚きながらも俺も座れば、そっと膝が触れ合う。
「伊織くんは事務所に用事があったの?」
「ああ、この前受けたインタビューの内容の確認のためにな」
「そうなんだ、忙しいね」
伊織くんの言葉が返ってこなくなり、そこで会話が途切れる。
マネージャーさんは伊織くんと入れ替わるように外に出て行ってしまい、どちらかが話さないと簡単に無音になってしまう。
き、気まずい。
同じグループになったとはいえ、お互いに口数が少ないから二人で話す機会がなかった。
だからこの状況でどんなことを話しかければいいのかわからず、言葉を探しながら何度も目線を右往左往させてしまう。
「何するのか決めたのか?」
決して広いとはいえない事務所の部屋で伊織くんと二人きり。
その上、無音がつづいて内心焦っていると突然尋ねられた。
「えっ、ああ、好きなこととか趣味とか話そうかなって思ってて……」
「それは楽しみだ」
驚きに言葉を詰まらせながらも答えると、優しい声色とともに伊織くんの顔が綻ぶ。
演技以外ではなかなか見ない微笑みに、思わず息を呑んだ。
伊織くんは顔がとても整っているが、あまり表情が変わらないのもあって冷たい印象を受ける。
だけど何をさせても高水準の結果を出せるし、誰よりも華やかなオーラを持っているから自然と人の目を引き寄せ離さない。
そんな人の珍しい表情を目の当たりにし、同じグループのメンバーのはずなのに黙ったまま見つめてしまう。
「どうかしたのか?」
すると、依然として目尻を下げながらも硬直した俺の顔に近づき、首を傾げる
その何気ない仕草すらドラマの一シーンのように綺麗で、自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
バクバクと激しく弾む心音を聞きつつ、小さく咳払いをして調子を取り戻す。
そうしてなんとなく目を逸らすと、伊織くんの問いに答えようと口を開いた。
「伊織くんって他人に興味があったんだね」
失礼なのはわかっているけど、つい言葉にしてしまった。
練習生のときから伊織くんは一目置かれていて、特別感があった。
そんなこともあって他の練習生は近寄りがたくて、本人も誰とでも仲良くなるような性格じゃないから両者の間の距離はなかなか埋まらない。
その距離感がすっかり俺の中に根付いていたから、勝手なイメージとして周りに興味なんてないのだと思っていた。
「お前には興味がある」
伊織くんは俺の言葉に怒ることなく、まっすぐ俺を見つめる。
その視線に釘付けになって俺も伊織くんの瞳を見れば、血色のいい唇が静かにそう言った。
「えっ、」
「碧には興味がある」
伊織くんは冗談を言うような人じゃない。
だからこと一つひとつの言葉がゆっくりと胸に染みこんでいき、意味を理解すると同時にほんのりと頬が熱くなっていく。
気づけば伊織くんの視線と俺の視線が一直線につながっていて、簡単には逸らせない。
だからお互いに何も話さずに見つめ合っていると、ふいに太ももの上に置いていた手に伊織くんの手が重なった。
「い、伊織くん?」
固唾を呑みこみ、おそるおそる名前を呼ぶ。
その瞬間、勢いよく扉が開いた。
「伊織くーん、呼んでるよー」
マネージャーさんの元気な声が部屋に満ち、一気に雰囲気がガラリと変わる。
そのおかげでやっと目線を外せると思わず安堵すれば、それを許さないと言わんばかりに俺の手を覆っていた伊織くんの手がそっと俺の手の甲を撫でる。
「二人ともどうかしたの?」
普段から口数が少ないとはいえ、全く言葉を発さないでいる俺らを不思議そうにマネージャーさんが見つめてくる。
だけど今の自分には上手い返答ができそうになくて閉口していると、ゆっくりと触れる手が離れ、伊織くんが立ち上がる。
「いや、なんでもない」
伊織くんがいつもの調子でそう言うと、俺に触れていた手で前髪をかき上げる。
その手を躊躇いながらも無意識に追っていくと、また伊織くんと目が合った。
「まだしばらく事務所にいるから、何かあったらすぐに呼べ」
伊織くんはまた小さく口角を上げて微笑むと、整えた俺の髪の毛を崩さないように頭を撫でる。
「う、うん」
「じゃあ、生配信楽しみにしてる」
この短時間に次から次へとやってくる驚きの数々に思考が追いつかない。
それでもなんとか返事をすれば、伊織くんは満足したように頷いて去っていった。
「二人ってそんなに仲良かったっけ?」
伊織くんを見送ると、マネージャーさんが興味津々なのを隠さず尋ねてくる。
その理由があまりメンバーと交流しない伊織くんが俺と仲良さげに話していたからっていうのが容易に察せられるから拒絶もできず、それでいて俺自身も困惑しているから断定もできない。
「そ、そうなの、かな?」
マネージャーさんを見ながら首を捻りつつ、曖昧な返事をする。
「そういえば、生配信の内容決まった?」
「う、うん。一応」
とりあえず、今は生配信を頑張ろう。
そう無理やりにでも意識を切り替えると、止まっていた生配信の準備を進めていった。
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