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エピローグ
「できてるかな?」
三脚に取りつけられたスマホを覗きこめば、コメント欄が一斉に流れ出す。
早すぎてほとんど読めないけど、とりあえずちゃんと配信できているのはわかった。
「できてるならよかった。みんな、こんばんは」
確認するために浮かしていた腰を下ろすと、改めて画面に向かって挨拶をする。
するとみんな、挨拶を返してくれたり絵文字で手を振ってくれたりと一気に反応が変わる。
『一人で配信するの珍しいね』
「アルバム発売のとき以来だね。あのとき楽しかったからまたやってみようかなって思って。さすがに優成くんや晃希ほどの頻度ではできないけど」
そう言って小さく笑うと、みんな喜んでくれる。
やっぱり、こうやってファンのみんなの声をリアルタイムで見られるのいいなあ。
次から次へと届けられるファンのみんなの言葉に感動しつつ、気づくとすぐに流れてしまうからちゃんと見ようとスマホに顔を近づける。
『今日も事務所で配信?』
「そう! 事務所で配信してるよ」
「いつか碧くんの部屋でも配信してほしいなあ」
「えー、何も面白いものないよ」
『今日は何するの?』
「今日はみんなと話そうかなって思ってるよ。だから、みんなたくさんコメントしてね」
ファンの子たちのコメントを読み、それに答える。
すると、その合間に晃希の名前に反応した人たちが晃希の熱愛を揶揄したり、メンバーの立場から話すことを求めたりするコメントを見つけてしまう。
晃希の熱愛報道があってから三ヶ月が経った。
報道が出てすぐに優成くんの声かけでメンバー全員が集まり、晃希から直接話を聞いた。
その話によると撮られた女性とは複数人で遊びに行っていて、たまたま二人きりになったところを撮られたのだとか。
だから、恋人でもなんでもないのだという。
その話し合いのとき、俺は正直に失望したことと自分も心身ともに壊しかけていて活動休止しようか迷っていたこと。
もっと互いに話し合いが必要だったし、これからも一緒に頑張っていこうと伝えた。
晃希は見たことがないくらい反省していて、伊織くんの言う通り、晃希にとって良い罰だったのだと納得した。
そのあとは事務所を通して事実説明をし、晃希自身もSNSで謝罪文を投稿した。
俺は晃希の姿をこの目で見ているから反省も話の事実も受け入れられるけど、ファンのみんなが裏切られた気持ちになって信じられないのも理解できる。
信頼を築くのは大変だけど壊すのは一瞬。
実際に体験したことがある俺だからこそ、絶対に忘れてはいけないと改めて肝に銘じた。
でもここで、俺が間接的に熱愛のことを触れてしまったら、楽しんでくれているファンの気分を害するかもしれない。
見てしまったとはいえ、無視してしまえばいい。
それはわかっているけど、思考が勝手にぐるぐると堂々巡りし始める。
「ごめん、ちょっと水を飲む」
また、悪い癖が出てきた。
それを自覚すると断りの言葉を言い、カメラに映らない場所に身体ごと移動して水を飲む。
口を外すのと同時に静かに息を吐き出すと、奥深くへと突き進みそうだった思考が止まったのがわかる。
考えすぎそうになったとき、一旦離れるといいと伊織くんに教えてもらった
おかげで思考の海に沈むことなく、つづけられそう。
「ごめんごめん。気を取り直して、みんなは今日何してたの?」
謝りながらカメラの中へと戻っていくと、話題を変えようと話しかける。
『学校行ってた』
『仕事から帰ってきたところ』
「みんな、おつかれさま。俺はね、朝から仕事をしてたよ。まだみんなには言えないけど、楽しみにしてて」
仕事の内容は隠しつつ、楽しみに待っていてほしい旨を伝える。
そうするとコメント欄にあった晃希の名前は流れていき、歓喜のコメントで埋まっていく。
『元気そうで安心した』
『最近、顔色悪かったけど治ったようでよかった』
そんな中、俺の身を案じるコメントを見つける。
そのアイコンはどれも俺のメンバーカラーで、俺のことを応援してくれている子たちだと一目でわかった。
「心配させてごめんね」
自分では完全に隠せているはずだったけど、俺をちゃんと見てくれている人には見透かされてしまうのか。
俺もアイドルのファンだったから知っていたはずなのに、こんなに好きの気持ちは大きくなるのかと痛感する。
「ちょっと体調崩してたんだけど、今は元気いっぱいだから安心して」
拳を握ると、力こぶをつくるようなポーズをとってみる。
前までだったらこんなこと言えなかったけど、完璧を捨てた今はすんなりと口から出てきた。
「みんな、俺にしてほしいこととかある?」
少しでもその愛に応えようと質問する。
どんな要望が来るか、ワクワクしながらコメント欄を見つめる。
『自撮り載せて~』
『自撮りめっちゃいい』
「自撮り? が、がんばってみる」
自撮りはなんだか気恥ずかしかったし、そもそも習慣がなかったのもあってマネージャーさんに撮ってもらうことはあれど、自分で自分を撮ったことはない
だけどこんなに求められているのなら、この配信の後に撮ってみようかな。
『優成みたいに料理つくってほしい』
『前みたいに本の紹介してほしい』
『前に晃希としたし、晃希以外のメンバーと二人で配信してほしい』
「メンバーと? 伊織くん、一緒にやってくれるかなあ」
コメントを読み、思いつきで伊織くんの名前を出してみる。
すると、俺の声に反応したかのように机に置いていたスマホが振動した。
「ちょっとごめん」
鳴ると思っていなかったから焦りつつ、急いでスマホを手に取る。
緊急の連絡かもしれないと念のため確認してみれば、個人チャットで伊織くんが「配信、いつでもいい」と返事をくれていた。
伊織くん、見てくれているんだ。
送られてきた伊織くんの言葉をじっと見つめているとだんだんと胸の辺りが温かくなってきて、自分の意思とは関係なく口角が上がっていってしまう。
「伊織くん、見てる?」
いつまでもスマホを見つめていてはいけないと気を取り直すと、顔を上げて画面に向かって手を振る。
「みんな、伊織くんがいいって。次、配信するときは伊織くんとするかも」
あくまで未定であることを注意しながらも伊織くんから返事があったことを報告する。
伊織くんは俺以上にSNSに登場しないのもあってコメント欄はお祭り騒ぎになっていて、まだまだ望まれていることはたくさんあるのだなと自信が湧いてくる。
「俺、みんなが推しててよかったって思ってもらえるようにこれからも頑張るから、何をしてほしいかいっぱい教えて」
澄み切った心に突き動かされて満面の笑みを浮かべると、ファンのみんながくれる声に耳を傾けた。
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