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緊張しすぎて、頭がどうかなりそうだった。
「ねぇルナ」
「なぁに」
「あなたの過去を聞かせて欲しいんだ。……ああ、この質問をしたらダメだってことはわかってる」
「……ねぇ、こんなこと、よくないことなのよ。やめてほしいわ」
「それでもだめなんだ。どうしても聞かせて欲しい。僕は君を愛しているんだから」
そう、僕はルナを愛しているのか、幼き日のアリスの幻像を愛しているだけなのか、自分でけじめをつけないといけないと思ったのだ。愛するルナに、真正面から向き合うために。
「ルナ、あなたは誰? アリス・フューラーを知ってないかい? 君の正体は」
最後まで話すことはできなかった。ルナは悲しげに微笑んだ。どこまでも透き通った瞳を目に焼き付けて、そのまま「僕」は永久に意識を失った。
***
「いいんですか? これ、スクラップにしちゃって。大分金かかってるでしょ、ここまで精巧なコピーロボットを作るのって」
「いいのよ持って帰って頂戴。旦那が勝手にやったことだし、見るのも不快だから」
「そう言うならいいんですけどね。よくある話ですし」と、廃棄物処理業者の作業員は瞼を閉じた青年のコピーロボットを叩きながら言った。
遠隔的に強制終了ボタンを押されたロボットは電子画面の前でぴくりとも動かず、突っ伏している。
「でもそれはそうと、おたくの旦那さん、若いころは相当なイケメンだったんですね。これはモテたでしょう」
「それがね、モテるも何も、なんとまぁ、子供の頃に心に決めた人がいたみたいで。拘りよう、ったら偏執的で、わたしも随分寂しい思いをしたものよ。所詮代替品、って感じで。それでもまぁ、資産はあるし、人並みに父親はやっていたから、我慢してこの年まで一緒にいたんだけど」
老婆は品良く纏めた白い髪を撫ぜた。「これを見て。旦那が生きてた時は、ずっと赤く染めさせられていたの。その片思いの君が赤毛だったからって」
「そりゃあ奥さん、辛い思いをなさった」
「まぁ、旦那の姿のコピーロボットを壊すほどじゃないかな、なんて思ってたんだけど、ロボットになってまで、赤毛の女を追いかけるもんだから、気持ち悪くって」
業者の男は顎を掻いた。
「全く、よくわからんですね。コピーロボットが、AIが本当に人を愛することができるのか。人間との境目がどこにあるのか」
「さぁ。振る舞いは若い頃の夫そのもの、って感じでしたけどね。見た目と同じだけ、気持ちまで若がえっちゃったみたいで、それはそれで気色悪かったわ。まるで、ほんとに恋してるみたいで。……ちょっと、嫉妬するくらい」
画面の中では、赤毛のAIDOLが笑顔を振り撒いている。
「あぁ、正体が暴露されて、もう活動停止するみたいですよ、彼女。ルナでしたっけ? さっきニュースでやってました」
あら、そう、と老女はニュースサイトに目を走らせた。
「アリス・フューラー。なんだ、30年も前に死んでるの。生きてたら、旦那と同い年くらいじゃない。わたしとおんなじ、婆さんだわ。婆さんが年甲斐もなく踊ってたのね」
老女は皺だらけの手を見つめながら、長い溜め息をついた。
「どうかしてる」
了
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