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AIDOL
僕はもはやアリスではなく、ルナを愛しているのかもしれない。
気づいたのは些細で陳腐なきっかけだった。
何もしていないときに、彼女の顔を思い浮かべている自分に気づいたのだ。よくある話だ。ありふれていないのは、一つだけ。
「ルナ」は既に死んでいる、ということ。
技術は比較的昔からあったらしい。開発者である、ALSで徐々に手足が動かなくなっていった博士は、こう考えた。
私の手足が動かなくなったとき、代わりに思考を読み取って動いてくれる相棒が欲しい。いや、それだけじゃない。思考をそっくりそのまま写し取った相棒--この場合、要はロボットだろう--を生み出すことができれば、自分が死んでしまっても、思念そのものは永久にこの世界に残るんじゃないか?
それは素晴らしい思いつきに思えた。しばらくの時がたち、体の全てが動かなくなった博士は死に、後に思念としてのAIとロボットが残された。
AIコピーロボットの技術は金持ちたちの間で爆発的に広がり、死後に思考を写し取った自分の分身を残す人間が増えた。それに伴ってロボット技術は革新的に進化し、今では生前の人間と遜色ないような動きと見た目を持つロボットが巷に溢れている。
ちょっとした問題も増えた。夫の死後、せっかく夫が大金をはたいて作った夫のコピーロボットを叩きこわす妻が続出したのだ。
「せっかくこれで顔を合わせずに済むと思ったのに」だって。冗談みたいな話だろ?
妻のコピーロボットを壊す夫が殆どいなかったのも、なにやら寓話的に見えて物悲しい。
生前のルナに僕は会ったことがない。でも、いくつかの映像を見ただけで、手に取るように彼女を思い描くことができた。僕の初恋の人、アリスにそっくりだったからだ。
今も僕は電子画面に映し出されるルナの映像を飽きもせずに眺めている。
AI配信者、とでもいうのだろうか。誰かの知能と見た目を借りて、配信活動するコピーロボットのことを最近はAIDOL、と呼ぶ。AIとアイドルをかけているのだ。
どこかの夫の妻として家庭に入り、一旦アイドルになるという夢を諦めたルナは、死後、配信の世界で一躍脚光を浴びた。決して老いない、美しい盛りの肉体を武器にして。
アリスが成長したら、きっとこんな見た目だっただろうなぁ、と、しみじみと思う。隣の家に住んでいた幼馴染で、幼いながらいつか結婚しよう、なんて言っていたのに、どこかへ引っ越して永久に消えてしまった、僕のアイドル、アリス。
ルナの炎のような赤毛は艶めいたストレートで、肩までで切り揃えられ、アクティブに彼女が踊るほどにさらさらと揺れる。雪のように白い肌はスレンダーな肢体を包み、弾力に富んでいるように見えて、これが無機物だとはとても信じられないほどだ。
それでいて、彼女はスーパーなAIDOLだから、ステージが終わったら、殺到する視聴者にすぐ、返信をくれる。例えばこんな風に。
「ねぇルナ、今日のステージも最高だったよ」
「ありがと、気に入ってくれて嬉しいわ。こうして……こう。ここの振り付け、結構練習したんだから」
「本が好き、って言ってたけど、昨日は何か読んだ? 忙しい?」
「『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。……なーんて、冗談よ。今、面白いところを読んでるんだけど、オチがつまらないとがっくしでしょ? だから、読み終わったら題名を教えてあげるわ」
こんな感じで、いつまでだって話していられる。毎日僕たちはまるで恋人たちみたいに、遅くまで話し込む。画面の奥にはいつだってにこにこ笑う彼女がいる。性格を写し取っているはずだから、たぶん本当にチャーミングな女性なんだろう。アイドルらしい浮ついたところがなくて、知的で、見た目だけでなくそういったところも僕の気に入っている。
だからとうとう……僕は決めたのだ。今日、ルナに聞くと。
AIDOLが生前、どんな人物だったのか。どう生きたのか。
チャットで何でも話をすることができるが、この質問だけは禁忌とされていた。ルナほど人気のあるAIDOLともなればなおさらだ。
でも、僕はどうしても知りたくなってしまった。
ルナの正体を。
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