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子供の頃から念願だった、パティシエという夢。 それを35歳で叶えた俺、佐藤英輔(さとうえいすけ)という男は明日、ついに自分の店を持つという夢を叶えるのだ。 けれど、これはまだ夢の始まりに過ぎない。 日本中の人々を、俺が作った菓子で笑顔にする──それが子供の時からの、俺の夢。 だから、自分の店を開いてからが、やっと夢のスタート地点なのだ。 そして今日は、店の宣伝を兼ねた催し──俺が作ったスイーツの、試食会を開いている。 「明日オープンの『パティスリー・アムール』です!宜しくお願いします!!」 俺の可愛い一番弟子、三ツ谷翼(みつやつばさ)が、元気な声で宣伝してくれている。 (まあ、俺の弟子は今のところ彼女一人なのだが……) 俺も彼女に負けないよう、ニコニコと笑顔で自慢の菓子を、今後お客様になるかもしれない人たちに振る舞う。 「美味しい」「旨い」という言葉と、笑顔になる人たちの表情は、俺にとって何よりの喜びだ。 ──そんな中。 「………」 ふと目に入ったのは、俺と同じ歳くらいの、眼鏡でスーツを着た男。 俺の自慢の菓子を食べて、表情一つ変えないその男の姿は、俺にはかなりの衝撃だった。 「何だ、あの人……」 「凄いですね……佐藤さんのお菓子を食べて、あの表情!まるで鉄仮面ですよ!!」 男が無言で立ち去ったのを見て、俺と翼は思わず本音を口にする。 甘い物が苦手だったのだろうか……なら何故、味見を? ああいう人は、きっと俺のお客様になってくれないだろうなと、少し落ち込んだのと同時に、悔しかった。 日本中の人々を、俺が作った菓子で笑顔にする──それが子供の時からの、俺の夢。 だというのに、笑顔どころか、彼の表情一つ変えられなかったなんて。 「元気出してください、佐藤さん!」 「……ああ、そうだな!凹んでなんか居られないな!」 まだ夢のスタート地点で、挫けてなんか居られない。 俺は何とか笑顔を貼り付けて、試食の菓子を振る舞いながらも──やはり先程の男の事が、妙に気になって仕方がないのだった。
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