人喰い魔物と死なずの魔女

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 あるところに、闇をかたちにしたような魔物がいました。  魔物は、いつもお腹を空かせていました。美しい人間に化けては人里へ降りて、若い人間を襲い、魂を食べていました。  その日も魔物は美しい男の姿になって街を歩いていました。金髪碧眼の男は、道行く人々の注目を集めます。老若男女問わず、人々は魔物へ声をかけました。ところが魔物は彼らの呼びかけに立ち止まりません。何故ならば、今日の魔物は特段お腹を空かせていて、普通の人間の魂では満足できないと考えていたからです。  魔物が極上の魂を求めて街を歩き続けていると、どこからかとてもいいにおいがしてきました。 「美味そうなにおいがする! 美味そうなにおいがするぞ!」  魔物は鬱蒼とした森へ足を踏み入れました。そこは魔女の住む森。美味しそうなにおいは、魔女の魂から発せられていたのです。  魔女は幼い子どもの姿をしていました。切妻屋根の一軒家の軒先で、箒の手入れをしているところでした。  魔物は少女の正体には気づかず、美しい男の姿で魔女に近づきました。 「こんにちは、お嬢さん」 「こんにちは。あなたは誰?」 「私はお嬢さんの運命の相手だよ。運命の相手とはどういうものか知っているかい?」 「いいえ」 「運命の相手というものは、生まれる場所や時間を揃えることができない。だけど、死ぬ場所と時間を揃えることはできる。お嬢さん、私と一緒に心中しないかい」  突拍子もない提案ですが、夜の魔物は魅了の魔法を使って、こうしてたくさんの人間を心中に誘ってきました。そして普通の人間ならば、崖から飛び降りたり、海へ飛び込んだり、縄で首を吊ってしまえばあっという間に死んでしまいます。肉体から離れた魂を生き残った魔物はひょいと捕まえて、丸呑みしてしまうのです。  一方で、魔女は美しい男の正体にすぐ気づきました。  ですが興味本位から、魅了にかかったふりをして、魔物の誘いに乗ることにしました。魔女というのは、生まれつき、好奇心旺盛ないきものなのです。 「わかりました、運命の人。では、あたしたちはどうやって死にましょうか?」 「あなたが箒を削っているナイフがいい。私を刺した後に、自分自身の心臓もひと突きしてくれないか」  魔女は手にしていたナイフを一瞥すると、躊躇うことなく美しい男の心臓を一突きしました。男は苦悶の表情を浮かべながら、その場にどさりと崩れ落ちました。それを確認した魔女は、血の滴るナイフを自らの心臓を突き立てました。 「魔物よ魔物、残念だったね。あたしは不死の魔女。これくらいでは死にやしないよ!」  魔女が高らかに宣言すると、魔物はむくりと起き上がり、目を大きく見開きました。 「なんてことだ。あんたは魔女だったのか」 「気づかないなんて、間抜けな魔物だこと。そんなに人間の魂を喰らいたかったのかい。お前みたいな魔物には、あたしの魂をつまみ食いさせてやろう。そうしたら、百年くらいは人間を食べなくてもよくなるよ」  魔女は心臓に突き立てたままのナイフを勢いよく引き抜きました。血が吹き出す代わりに、ナイフの刀身はぽぅと淡いオレンジ色の光を帯びています。魔女が手を翳すと、刀身は飴玉くらいの大きさになりました。  太陽よりも眩しく、星よりも瞬く飴玉です。 「ほら、これをお食べ。そうしたらお前はあたしの眷属になるけれど、絶対に腹が減ることはない」  空腹に耐えられなかった魔物は迷うことなく飴玉を口に含み、転がしました。 「なんだ、これは。美味い! 美味いぞ!」  いつしか魔物は若くて美しい男の姿をやめて、本来の姿に戻っていました。毛むくじゃらで、大きな目がひとつ。奇妙な出で立ちですが、魔女はちっとも気に留めませんでした。  そしてそのまま、魔物が人間を喰らうことはなくなりました。  百年ごとに魔女は魔物へ魂をつまみ食いさせました。  森の奥で、魔女と魔物はひっそりと暮らします。人間の王様がどれだけ代わろうと、まったく興味はありません。  春には摘んだいちごでジャムを作り、夏には川で水遊びをします。秋になれば木の実をたくさん収穫して保存食をこしらえ、雪の深く積もる冬は、ひっそりと過ごします。  魔女はそうやって何千年も暮らしてきました。  魔物もまた、そんな生活へ徐々に慣れていきました。寧ろ、心地よいとすら感じるようになっていました。
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