4人が本棚に入れています
本棚に追加
青年期
再び同じ庭。
今度は、背広を着た男が、懐中時計を神経質そうに見ながら、庭を眺めている。
「夏子」
「なんでしょう」
「お前は、俺に仕えて幸せだったか」
「当然のことをお聞きにならないで下さい」
「俺は、お前に好きだ好きだといいながら、結局他の女を選んだ」
「……坊ちゃん、目の見えない女中のことなど、忘れてください。あなたはこれから、幸せになるのですから」
「……お前はそれでいいのか」
「わたくしは、坊ちゃんにお仕えできて、今日まで幸福でございました。今度は坊ちゃんが、幸せになる番でございます」
「俺は……、お前に一度でいいから触れてみたかった」
「もったいないお言葉です」
「夏子」
「なんでしょう」
「俺の心はここに置いていく」
「どういう意味でございましょう」
「俺は夏子が永遠に好きだ。どこぞの資産家の娘になど、心は明け渡さない」
「……やめて下さい。このようなおめでたい日に」
「夏子、愛してる」
「誰かに聞かれたら……」
「今からでも、お前に池に落とされてもかまわないんだ」
「お前になら、命だってくれてやる」
完
最初のコメントを投稿しよう!