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幼少期
幼子が、庭で池をのぞき込んでいる。
艶やかな黒髪が、白いかんばせにかかって、影を作っていた。
「坊ちゃん、池に落ちますよ」
おっとりとした、女の声がした。
「うん」
幼子は、池の中の魚に夢中のようで、生返事をする。
「坊ちゃん、私が池に落として差し上げましょうか」
今度は耳元でささやかれたので、幼子は不服そうな顔をして、女を見た。
「なんで、そんないじわる言うの」
「坊ちゃんがわたくしの言うことを聞いて下さらないからですよ」
「……池に落ちたら、お魚になれるかな」
「お試しになりますか」
「死んだらどうしよう」
「わたくしの命に変えても、坊ちゃんのお命はお守りいたします」
「池に落とすとか言ったくせに」
「坊ちゃんには、わたくしの声だけを聞いていて欲しいのでございます」
「……夏子」
「はい、なんでございましょう」
「僕は、お前の目が好きだ」
「あら、嬉しいことを言って下さるのですね。今夜は眠れそうにございません」
「本当だ」
「わかっていますよ」
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