幼少期

1/1
前へ
/3ページ
次へ

幼少期

 幼子が、庭で池をのぞき込んでいる。  艶やかな黒髪が、白いかんばせにかかって、影を作っていた。 「坊ちゃん、池に落ちますよ」  おっとりとした、女の声がした。 「うん」  幼子は、池の中の魚に夢中のようで、生返事をする。 「坊ちゃん、私が池に落として差し上げましょうか」  今度は耳元でささやかれたので、幼子は不服そうな顔をして、女を見た。 「なんで、そんないじわる言うの」 「坊ちゃんがわたくしの言うことを聞いて下さらないからですよ」 「……池に落ちたら、お魚になれるかな」 「お試しになりますか」 「死んだらどうしよう」 「わたくしの命に変えても、坊ちゃんのお命はお守りいたします」 「池に落とすとか言ったくせに」 「坊ちゃんには、わたくしの声だけを聞いていて欲しいのでございます」 「……夏子」 「はい、なんでございましょう」 「僕は、お前の目が好きだ」 「あら、嬉しいことを言って下さるのですね。今夜は眠れそうにございません」 「本当だ」 「わかっていますよ」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加