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 空気が固まった。彼も彼女もエアコンもしんと静まり返る。  だが僕はそんなこと気付きもしなかった。 「エアコンがあって扇風機がない家はあっても、扇風機があってエアコンのない家はほとんどない。扇風機は風を送ることしかできない。せいぜい首振り機能くらいだ。それじゃ日本の夏は越えられない」  僕は捲し立てるように言葉を並べる。いやそっちのファンじゃねえ、という男の言葉は耳には届いても脳には響かない。  その姿はさながら場の空気を掻き乱す暴走エアコンだったわ、とのちに妻は語る。 「それに比べエアコンは温度調節機能もついてるし除湿だってできる。つまり僕のほうが高性能で、彼女に寄り添うにふさわしいんだ」  根拠もへったくれもない。しかしそんなの気にする余裕もなかった。  それどころじゃない。ただただ必死だったのだ。  腕っぷしが敵わない相手に、僕は死に物狂いで言葉を紡いだ。  どうにかして彼女を守らなければ、と。 「彼女にこの夏を快適に過ごしてもらうために、どうかお引き取り願えないだろうか」  僕の思いが伝わったのか、もしくは伝わらなさすぎて恐れをなしたのか、男は顔を歪めてすぐに姿を消した。  再び静寂に包まれた空間にほっと息を吐く音が聞こえた。同時に握られた手が緩む。  けれどその手は離れなかった。 「ちょうどよかった」  背後から声が聞こえて僕は振り返る。  そこには瞳を潤ませ、頬を上気させた彼女がいた。 「良かったら今からうちに来てくれませんか?」 「へ?」 「あの人まだその辺うろうろしてるかもしれないから送ってほしいんです」  しっかりと手を繋いだまま、彼女の顔がほころぶ。  正直に言うが。  彼女の美しさに絆されたのはこのときが初めてだ。 「それに私、ちょうど今いいエアコンを探してたので」
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