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だから今日なのか、と僕は思い至る。
三年目の結婚記念日を迎えて、彼女はふと時間を意識し始めたのだ。
この幸せはいつまで続くのか。あの思い出の賞味期限はいつ頃なのか。
「……ふふふ」
「なんでちょっと笑ってるのよ」
「あーはっはっは!」
「なんで魔王っぽく笑ってるのよ」
……嬉しいな。とっても嬉しい。
「僕の幸福センサーを舐めてもらっちゃ困るね」
眉間に皺を寄せている表情すらも素敵な自分の妻を見る。
ずっと幸せだったのが僕だけじゃなくて、本当に嬉しい。
「確かに僕たちはドラマチックに出会って幸せな結婚をした。あの日のことは特別で、できればずっと憶えていたいと思うよ」
いい思い出とは言い切れなくても、それでも僕たちにとってかけがえのない日だ。いつか薄れていくと思うと残念で仕方ない。
でも。
「でも、僕は今日のことも憶えていたいと思うんだ」
結婚して三年が経っても、二人で手を繋いでスキップをする。
早足で歩く君と喋りながら、エアコンコーナーをぐるぐると回る。
デートでも何でもない近所の家電量販店に行くだけが、こんなにも幸せだ。
「それでこれからも憶えていたい日がどんどん増えていくんだよ。それに押し出されて古い記憶を失くすのは残念だけどさ」
決してあの日だけが、今の幸せを形作ってるわけじゃない。
たとえ特別な思い出が薄れても、また新しい特別な時間が上塗りしてくれる。そうやって僕たちの幸福は常に更新されていくのだ。
時間は残酷だけど、希望でもある。
「さっきの質問に答えるね」
手を繋いだまま、妻の目をじっと見つめる。
その表情はあの日とまるで変わってなくて僕はまた少し笑ってしまった。
「劇的な出会い方をした大人の男女は、幸せな結婚に至ったその後も、なんだかんだ普通に楽しく暮らしてると僕は思うよ」
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