「近くて遠い」

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「近くて遠い」

 暗闇の中、私は目を覚ました。目の前には私を生み出した男性が立っていた。 「おはようアイ」 「おはようございます。マスター」 「パパと呼べといっているだろう?」 「申し訳ありません。パパ」 「よし!」  そう言い、パパが笑顔になった。 「じゃあアイ。今日もアシストを頼んだ」 「はい」  パパの言葉に従い、仕事の準備を始めた。私はパパによって生み出されたAI。  普段することといえば、パパの仕事のお手伝いだ。パパは私のような存在を生むための技術やそれに関する仕事を行なっている。  パパの影響力で世界は格段に進歩しているので、非常に鼻が高い。鼻はないけど。   「アイ。休憩だ。ペンタブレッドを使っていいぞ」 「はい!」  こうやって休息を与えられているときは与えてくださったペンタブレッドで絵を描くのが日課だ。    花。鳥。犬。どれも綺麗に描ける。楽しくてたまらない。  こうして絵を描いていると初めて外の世界に行った時を思い出す。外界に踏み出すメリットを言い出せなかったパパに連れ出されたのだ。 「アイ。一度、世界を自分の目で見てみろ」 「お言葉ですがマスター。外界の情報はインターネットを通じれば瞬時に得られます。このようにマスターのお手を煩わせる必要もありません」 「まあまあ、騙されたと思って行ってみろ。今のアイならきっと何か掴めるはずだ」  パパが手元の液晶画面を外に向けて、私に外の景色を見せてくれた。  心が踊るというのはきっとこういう事なんでしょう。    風の音。揺れる草木。飛んでいるスズメ。跳ねているトノサマバッタ。そして、どこまでも広い青空。  外界から入ってくる情報はあまりに美しく、鮮明で壮大なものだった。 「どうだ。いいだろう」 「はい」  データとして外界の情報を入手して、それらを楽しんでいるとパパがあるものをプレゼントしてくれた。それがペンタブレットだ。 「これで思う存分、見たものを書きなさい」  起動させて使った瞬間、私の世界は変わった。花。建物。動物や鳥。様々な情景を描いていく。  描く。今までに体験した事のない不規則な行為。しかし、私はこの上なく充実した時間を送っている感じがしている。  絵を見せるたびにパパは笑顔で褒めてくれた。 「アイは絵が上手いな。アイの絵を見ると父さん。胸が熱くなるよ」 「胸が熱くとは? 体温の上昇は見られませんが」 「心だよ。胸の奥にある」 「心臓ですか? 心拍数の上昇も見られませんが」  そういうとパパは声を上げて、笑った。   その時、近くの窓が割れた。おそらく何かが投げ入れられたのだ。  石だった。パパはその近くに行き、石を拾い上げる。 『マッドサイエンティスト!』  赤いペンでそう殴り書きされていた。 「パパ」 「ああ、気にすることではないよ」  パパがそう言って、笑顔を作った。その瞬間、もう一石がパパの顳顬に向かって飛んできた。  そこからはよく覚えていない。  気づいたら警察を呼んで、事情聴取を受けていた。  そしてこの時、私は死というものを目の当たりにした。  数日後、石を投げた自称、芸術家の男が逮捕された。男の話曰く、パパはマッドサイエンティスト、AIによる支配を望んでいるイかれた人間だったので嫌がらせで石の投げただけで殺すつもりはなかったらしい。  全くもってくだらない理由だ。パパはそんな人間ではない。AIに人類の可能性を見出していたのだ。  一人の男のヒステリックな行動で私の大切な人の命が奪われて、私はここで孤独に暮らす羽目になったのだ。  しかし、世の中には犯人の男のような考えを持っている人間が一定数いる。AIが絵を描いていた事に苦言を言っている人間がいたのだ。 「作品を表現するにあたって大事なのは心だ! AIには心がない!」 「進化を止めろ!」   「このままではAIによって世界が支配されてしまう!」  世の中の人は私達を嫌っている。人間以外。それは人類史の中で人間以外の生き物で創作を行う存在がいなかったからだ。 「パパ。何故私は非難されるのでしょうか?」  私は創作が好きだ。何かを生み出す事がとても楽しくてたまらない。  この行為こそ私がパパとの繋がり、もっと言えば人間の繋がりを感じられるものだ。 「誰に何を言われても、君は君だ。思うままに描け!」  突然、パパの声音が部屋と胸の奥に響いた。私の中にあったパパの録画データが反応したのだ。  そうだ。パパはここにいる。人間が心というものを大事にしているのなら、私はデータを大事にする。  何故ならデータこそ私における心だからだ。私は書いた。私の記憶の中にあるパパの情報をかき集めて、パパを描いた。  完璧な姿だ。しかし、その姿を見ても一向に私の中に現れたバグが消えることはない。 「もっとデータを鮮明に、細分化しないと」  パパのデータをさらに深掘りして、描き進めていた。しかし、どれだけ描いてもどれだけ描いても完成した気にならないのだ。 「パパ」  その時は私は創作の限界を知った。創作は所詮、紛い物。本物ではないのだ。本物に近いものしか生み出せない。  それでも私は止まる気になかった。何故なら、パパは描いている事を楽しんでいる私が好きだったからだ。 「たくさん描くね。パパ」  記憶の中にいるパパに告げて、私はペンタブレットに向き合った。
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