脱がし甲斐のある女

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 自分はつくづく良い星の下に生まれたのだと思う。で、自分で言うのも何だが、僕は人が羨む結構な身分なので真夏、ヒートアイランド現象で茹だるような都心を離れ、避暑地軽井沢の別荘で傾城と呼ぶに相応しい愛人と過ごすことになった。  軽井沢駅のプラットフォームに降り立ち、売店で煙草を買った後、唯一オアシスの如き涼しげな場所、つまり水も滴るいい女であり清涼感溢れる彼女があったればこそそう感じさせる日陰、その彼女の下へ戻る時、遠目に見える立ち姿に改めて見蕩れて暫し眺め入った。万緑叢中紅一点とはこのことか!OH!なんとソフィスティケートされた、いい女であることか!これ程、ハイクオリティー且つハイセンスにワンピースを着こなしハイヒールを履きこなす女は他にはまずいまい!而もファッションモデルのように背が高過ぎず均整の取れた程良い高さで、すらりとしていながらウェストを引き締めるベルトによって強調された豊かな胸元を刺激的且つ扇情的に誇示する。そこに目が行くと、女が衣服を身につけるのはそれを脱ぐ為だというジョージムーアの言葉が頭に浮かび、女が衣服を身につけるのはそれを男が脱がせる為だと捩りたくなる。その目的を果たせるチャンスが別荘に着いてから直ぐ巡って来た。  掃き出し窓を全開にした部屋で涼しい涼しいと喜ぶ彼女。だが、一旦追い払った蚊にストーカーのように将又執念深く干渉する俗物のように付き纏われ、叩き潰そうとするも逃げられ、知らぬ間に何処かを刺された模様で、むっとする彼女。その一部始終を楽しみながら縁先の庭から覗き見した後、部屋に戻った僕に気づくと、左腰をぐったり床に落ち着けたまま、両脚をくの字に投げ出し、左横に傾きながら前のめりになった上体を床に突いた、ほっそりとした左腕一本で支え、右手は右太腿に据えた状態で、はたと僕を睨みつける。いやいや僕が刺したんじゃないよと弱る僕に蚊にしてやられたとぼそっとぼやく。その気色は凄味に妖艶を加味した凄艶と言えるもので、何しろ色んな格好になりながら相当、蚊と格闘した挙げ句スリップのストラップが両方共二の腕辺りまでずり落ち、デコルテが完全に露わになり、両肩から胸元にかけての汁塩を振りかけたような瑞々しい肌に覆われた肉付きが何ともセンシュアル。細く引き締まった両肩が怒ってまろやかに盛り上がった感じも然り、スリップの裾から伸びる重なり合った美脚も然り、腰の括れの流れるようなラインも然り。しかし、何と言っても僕をして彼女をセンシュアルに物語らせるのは豊満な乳房だ。あの美しい濃厚なピンクのダリアのような乳輪そしてぱっくり割れた乳首が花を添える、ロケット型に突き出たおっぱいが薄っぺらな絹のみ纏って隠れているのかと思うだけでも尋常でなく興奮してしまう。また吊り上がった眉毛、鋭い眼差し、きゅっと結んでこぢんまりと窄んだ朱唇が中高のしゅっとした顔立ちを一段と凛々しくし、堪らなく彼女をイッツクールに見せる。  が、「痒い?」と僕が砕けた調子で聞いた途端、彼女は相好を崩し、右手でストラップを直しながら言った。 「いやにすばしっこくてしつこいから非道く憎らしくなっちゃって、あたしったら向きになっちゃったわ」 「中々の見物だったよ」 「やだわ、外でずっと見てたのね。意地悪な人」 「蚊如きに助太刀しろって言うのかい?」 「だって見世物じゃないんだもの」 「悪かったね、お詫びに治療してあげようか」 「何言ってるの、治療も何も痒み止めのお薬を持って来れば良いだけの話じゃない」と言い、にやっとする彼女。その顔がまた仔細ありげで色っぽい。何やら期待せずにはいられず、合点承知の助でぃ!とはしゃぐ余り江戸っ子紛いに部屋を出、わくわくしながら薬を持って戻って来ると、さっきの姿勢のままでいた彼女は、待ってましたとばかりに右膝を上げ、つまり大胆にも股を開いてショーツを露わにし、そのラインに沿った右太腿の付け根の一点を指差し、にやにやしながら言った。 「ここを刺されちゃったの」  その姿態が殊更に挑発的で僕は非道くむらむらしながら言った。 「塗ってあげようか」  すると、右側の口角を上げ、肩笑窪を作る、彼女特有のにんまりした顔で頷く、嗚呼、これぞ魔性の微笑み。それにつけても何という役得。蚊よ、でかしたと僕は心中で快哉を叫ぶ。しかし、よくもまあこんな所に入って刺せたものだ。スケベな蚊もあったものだ。それは兎も角、実際、塗ってみて何とも言えずぷにぷにと柔らかい感触が堪らない。また、その位置が際ど過ぎて堪らない。  彼女はちょっと喘ぐように甘い吐息を漏らし、宛らメンソールを味わうようにすうっとして気持ちいいわとささめいた。  その蕩けさす美声を聞き、彼女の股座から匂い立つ女性フェロモンを含む芳しい香りを嗅いだ日には僕は愈々堪らなくなり、忽ち情事に及んでしまった次第だ。  真夏の昼間に天然の風を取り込んだ部屋でやる喜びは格別なものがある。心頭を滅却すれば火もまた涼しではないが、彼女の裸体を目の前にすれば暑さなぞ吹き飛んで忘れてしまう。それ位、無我夢中になり、適度に汗ばみ、触れ合い、愛撫する快楽は重畳と言えるが、今回程、女の衣服を脱がす快楽に浸ったことはなかった。と言っても彼女はノーブラだからスリップとショーツだけだったし、富士額、撫で肩、柳腰の正統派和風美人でもあるから夕涼み時の浴衣姿の彼女を脱がす方が乙な気もするが、徒でさえ、最高級のシルクの肌触りを凌駕する柔肌を持った、脱がし甲斐のある彼女を一層蠱惑的にしたスケベな蚊に因るところが大きいだろう。  一通り済んだ後、いい汗を掻いたと健康的な気分になると共に性欲が満たされたことと別荘を囲む閑雅な自然に癒されることも相俟って心が一切蟠りなく静まり、実に清々しくなった。情事の後、謂わば明鏡止水、将又、光風霽月の心境に至るなんて自家撞着であるが、エアコンの世話には出来ればなりたくない彼女も恐らく僕と同じような心境になったことだろう。その証拠に見るからに満足そうな彼女に来て良かったねと僕が言うと、ええほんとにと彼女は素直に首肯し、玲瓏たる瞳を輝せ、艶然と微笑むのだった。    
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