第三章

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第三章

 杉田家の末っ子、三郎が山を登る時が来た。冷たく激しい風が彼を叩いた。それでも彼は立ち向かった。  「成人式の日からフリーの彼女! 汚れてない! 超タイプ! 姫、私が今参ります!」  三兄弟揃ってバカと言われている。  三郎は山の五合目で棺を見つけ、蓋を吹っ飛ばした。  「いざチュー!  姫、助けに来ました!」  棺の中には小悪魔的に容姿の整った男子が眠っていた。残念なのは、額の正面に赤いボタンのついたはちまきと、鉄の首輪をしていること。  男子は瞳を開けた。三朗が尋ねる。  「姫?」  「姫です」  会話成立。三郎がフリーズして顔面から大量発汗すると、姫も何か顔から発汗している。しなくていい覚悟をしているようだ。  三郎はおもむろに蓋を閉めた。  「じゃ、帰るか」  すると棺が炸裂した。吹雪姫の大絶叫。  「幸せにしろよぉぉぉぉぉぉ!!」  「わぁぁぁぁぁぁぁ?!」  三郎は全力で逃げた。  吹雪姫が追ってくる。  「てめ、この! キスくらいしていけ! おれだってそっちの趣味はねーよ!」  「落ち着け!」  三郎は振り返って力一杯ツッコんだ。  「王子にキスされることと、幸せになることがお前の中でイコールになってないじゃないか」  「幸せにならないといけないんだ!」  姫は全然聞いてないで、雪を蹴散らし髪を振り乱し、がむしゃらに走ってくる。駄々っ子のようで果てしなく面倒くさい。  「自分を大事にしろ!」  「ガタガタ言わずにキスしろったら」  「落ち着けって言ってるだろ! これでも食らえ!!」  三郎は両手から衝撃派を繰り出した。  「#$%^&@**!%?脅恐叫強???」  直撃を受けた吹雪姫は変な奇声を発して吹っ飛んだ。流れ衝撃波に巻き込まれた山の五合目から上も飛んでなくなり、五合目が頂上になってしまった。  吹雪姫がずるむけの山肌にうつ伏せに転がる。三郎はそれを見下ろして自分の行いに気がついた。  「しまった。落ち着かせるつもりが倒してしまったか」  吹雪姫はよろよろと起き上がった。  ピコーン、ピコーン。  額のはちまきのボタンが赤く明滅している。  近くに粉砕したはずの魔法の棺が現れた。呪いが溶けなければ、いつまでも帰ってくるのかもしれない。  姫はスゴスゴと中に入って蓋を閉めようとした。三郎は歩み寄って姫の手をつかんだ。  「待て、ふて寝するな」  「おれなんか誰も幸せにしてくれないんだ」  三郎は唸った。  「うーん、人がしてくれないこと数えていたらいつまで経っても幸せになれないんだが……、何年も閉じ込められていたお前にはまだ言うまい。お前の不幸は何なんだ」  「孤独」  「じゃあ友達になるよ」  その時、棺と蓋、姫の首輪が一度に砕け、はちまきもほどけた。頭の吹っ飛んだ呪いの山は雪も氷もなくなり、春の植物に覆われ始めた。桃色の花がぽんぽん咲く。  三郎は姫の手を引いた。  「じゃあ、山降りるぞ」  「何だよ。気安くさわんなよ」  「かわい娘ちゃん紹介してやるよ」  「約束なんだからなっ」  吹雪姫は“かわい娘ちゃん”であっさり釣れたのだった。  その後、一郎と二郎は、雪解け水に流されて山のふもとまで、うつ伏せにサラサラ帰ってきたという。三朗が聞いたところ、二郎は銃声にビビって気絶しただけで、負っていたのは命に別状のない軽症だった。  (終わり)
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