約束

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約束

 秋見駅に戻る。人はほとんどいなかった。  俺はマンションへの道を急ぐ。電車で揺られる時間が長かったから少し足の痛みがマシになった。  マンションに着く。階段を上がる。夜遅くなってるから、あまり大きな音を立てないように気をつけないと。  ドアの前まで来る。ごくっ。  小夏、怒ってるかな。  一応、帰る前にまたメッセージを入れておいた。でも、返信はなかった。 「はあ、でも入らないわけにはいかないよな……」  鍵を開ける。 「……」  小夏、先に寝てんのかな。入りづらいなあ。けど、ここで朝を迎えるわけにはいかない。  俺は意を決して、ドアを開けた、 「た、だいま……」  リビングの電気はついている。多分、まだ起きてる。   「小夏……?」  リビングに入る。小夏がソファーに座って怖い顔してテーブルを睨みつけている。 「あの、こ、小夏……?」  すると、小夏がこっちを向く。無表情で。 「あ、あの、た、ただいま小夏……」 「……ただいま?」  ドスのきいた声。怒ったのかな。俺が早く帰らなかったから。 「早く帰ってって言ってたでしょ?」 「う、うん、ごめん……」  小夏はスマホに目をやる。 「今何時?」 「えっと……、二十二時半、です……」 「うん、正解」  嬉しくもなんともない。 「それ、何?」  小夏は俺が持ってた帽子を指さす。 「あ、あの、言い訳かもしれないけど、帽子拾ったんだ、それでこんなに遅くなったんだよ!」  自分で言ってて苦しい言い訳だと思った。だって、帽子拾っただけで普通こんなに遅くなるとは思えない。 「というか、それそのまま持って帰ってきたわけ?」 「う、うん、近くに交番なかったから……」 「どこで拾ってきたの?」 「え、と、それは……」  どうしよう。これを言ってしまったら、俺が寄り道しようとしていたことがバレてしまう。 「言えないの?」 「い、いや、その……」  小夏はあからさまにため息を大きくつく。 「あのさ、私ずっと待ってたんだよね」 「う、うん。わかってる」 「へー、わかっててこんなに遅くなれるんだ? 春久にとって、私ってその程度の存在なんだ?」 「そんなことないよ!」 「じゃあ、何でこんなに遅くなったの? 寄り道してたんじゃないの?」 「う、えっと、その……」  電車を乗り過ごしたのは事実だが、ちょっと散歩して帰ろうと思ったのもまた事実だ。その証拠がまさにこの帽子。言い訳のしようもない。 「私が待ってることわかってて、寄り道? しかもすぐ帰るって言ってたのに全然帰ってこないし。……あのさ、春久。私約束守れない人とは付き合いたくないの。だからさあ?」  これは、もしかして、もしかしなくても? 「別れよ、春久」
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