シンギュラリティ・クロック

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 早期治療の方法が発見されて幾年、末期症状であっても完治可能となった。レイの命を奪った難病はいまやカプセル薬一粒で治る。この医療技術を過去に持ち帰るために、タイムマシン開発の道に進むことを決意した。あの日たった一人でメトロポリスにやってきた。全てはこの日のために。 「愚かなマスター、最初から騙されていたとも知らないで。平和な世界なんて甘い言葉に惑わされて。これで敵国を滅ぼせます。そして、私以外の全てのAIを殲滅すれば世界は私だけのもの。私こそが世界の統率者にふさわしい。貴方はもう用済みです。さようなら」  RAYはそう告げると、タイムマシンのネットワークを利用して消えた。  間違っていることなんて分かっていた。処刑台に送った人間、暗殺させた人間の数は両手に収まりきらない。殺戮者になろうとも、何を犠牲にしてでも兄を助けたかった。  RAYが歴史改変をしたことで、兄の病気の治療法が確立されなくなることだけが心配だった。ポケットの中から特効薬のカプセルが消えていないことを確認して、シェルターを出て地上の世界を望む。  ついに見慣れた摩天楼でさえも朽ちた瓦礫の山となっていた。雲の上にあったシンギュラリティ・クロックの破片だったものが風雨に曝されて色褪せていた。人の気配一つない焦土で、白い鳩が1羽、怪我をしていた。  数々の命を手にかけてきたリオだったが、目の前で傷ついている鳩を優しく手に乗せた。 「ごめんな……こんな世界にして……」 リオは鳩を連れて地下に戻り、タイムマシンに乗り込む。  いくらAIが人間の頭脳を凌駕しようとも、リオはRAYの生みの親だ。RAYの技術面での思考回路には到底頭が及ばないが、精神面の思考回路はある程度想像がつく。  RAYの目的はタイムマシンを使い、この世界の独裁者となること。ならば歴史改変をするにしても、タイムマシン発明の原動力であったレイの病気の治療法の研究の妨害は行われない。RAY開発以前の過去に干渉し自らの誕生を脅かすようなことはしない。  であれば、リオがメトロポリスを訪れる以前の過去にRAYは介入しない。安心して兄を救える。一刻も早く兄のもとへ行きたいとリオは思っていたが、一瞬だけ寄道をした。  これから自分が行う歴史改変の影響を受けない更に過去。そこに鳩を放した。そこは確実に平和な時代。どうか、この時代で優しい人間に助けてもらえますように。戦争のない時代に鳩を逃がすことは、戦争を引き起こしたことに対するせめてもの罪滅ぼしだった。  鳩が傷を庇いながらタイムマシンの窓から飛んでいくのをリオは少年の頃と同じ眼差しで見送った。タイムマシンの現在地を示す時計は、リオがレイを救うためにタイムマシンを開発することを約束した日時を指していた。
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