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プロローグ
「僕の名前は佐上イチです」
黒板の前に立って僕が自己紹介をすると、教室の中はしんと静かになった。
驚きにぽかんと空いた口、訝しげにじろじろと僕の全身を探る視線、抑えた忍び笑い。朝のすがすがしい教室にさまざまなものが混じる。すでに興味を失った生徒はうつむき、机の下に目を落とした。
僕の横に立った担任の先生は、その反応に戸惑ったようにたじろぐ。
「あー……、と。佐上は長い間入院をしていたので、学校に通うのがかなり久しぶりだそうだ。みんな、いろいろ教えてやってくれ」
一瞬の沈黙。そして後方から「任せてくださーい」とふざけたような男子の声が上がり、パチパチと力のない拍手が教室を包んだ。
僕は深々と一礼をしながら、亜積さんの言ったとおりだと感心する。
『学校のひとには、ちょっと変な顔はされるかもしれないね』
今日の朝、亜積さんは僕の腕に注射針を刺しながらそう言っていた。僕はこれから登校するところで、真新しい高校の制服に身を包んでいた。
『それはどうしてですか?』
だんだん採血管の中に溜まる自分の褐色の血を眺めながら僕が聞くと、亜積さんは小さく笑った。
『だって女の子は、僕って言わないものだよ』
『……ああ、そういえばそうでしたね』
頷きながら自分の身体を見下ろす。制服のプリーツスカートの下からは、細い棒のような青白い足が突きだしている。
『でも大丈夫。君の選択に間違いないと僕も思うよ』
僕の腕から針を手早く抜きながら亜積さんは言った。
『自分の目で世界を確かめておいで。君はこの世でいちばん客観的な観察者だ』
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