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「いやぁぁーっ! 助けてくださいましぃ。メグル様ーっ」
――天音が何やら大きな声を出している。
まだ半分以上眠りのなかにはまりこんだまま、春日井メグルは目を細めてベッドサイドの目覚まし時計を見た。
午前七時を過ぎたところ。大丈夫、まだ眠っていられる時間だ。まったく、日曜日だというのに賑やかな奴だな。
久しぶりに夜更かしをしてしまい、そのせいで頭が重い。
来客は十時だから、あと少し……いや、九時ぐらいまでは寝ていてもいいだろう。朝食はコーヒーだけで済ませて、あとは洗面と着替えをするくらい、一時間もあれば楽勝でやってのけられるだろうから。
やがて足音がぱたぱたと近づいてきて、メグルの寝室のドアをノックする音がした。
「メグル様、早く起きてくださいまし」
言い終えないうちに、ドアを開けて天音が駆け込んできた。
メグルは羽毛布団を頭の上まで引っ張りあげた。
「もう少し寝かせてくれよ……」
「何をおっしゃっているのですか。ことは一刻を争うのでございますよ」
「どうせゴキブリが出たーとか、その程度だろうが」
「そんなことではございませんっ!」
天音の声はヘンなふうに裏返っていた。メグルの眠い頭にも変だと感じられるほどに。毛布から顔を半分だけのぞかせて、彼は特注のメイド服に身を包んだ少女の顔を見た。
とたんに、目が覚めてしまった。
半年前のこと。天音が中学二年生のとき、自分の両親と彼女の両親が、温泉旅行中の玉突き事故により、一夜にして他界したことがあった。
天音はそのときこの離れにおり、少し離れた母屋で留守番をしていた自分のところに、息せき切って報せに来た。そのときに、ちょうど今と同じ顔をしていたのだ。
ものすごく悪いことが起こったんだけど、それをどうやって伝えればいいのか分からないし、凄く怖いし、どうしたらいいの――妹みたいな彼女がこんな顔をするたびに、兄代わりの自分の寿命は削られて短くなる。
今年二十四歳を迎える若き当主は跳ね起きた。
「何があった?」
天音は答えようとしたが、目がきょときょと動いて落ち着きがない。
「わたくしの手には負えません……」と、首を振りながら言った。
「だからどうしたというのだ?」
ベッドから降りたメグルにつかまり、天音は頬をひくひくさせた。
「リビングがカタストロフィなのです」
「は?」
「ですから、早く来てくださいまし」
よくわからないまま、メグルは寝室を走り出た。
リビングルームの入口に、チェリーという名のチワワがうろうろしている。
鬼籍に入った両親が飼っていた雌犬だ。
「チェリー、そこをどきなさい」
つぶらな瞳を向ける愛犬をまたぎ、扉をくぐると、メグルは唖然と口を開いた。
天音の言葉に嘘はなかったのである。
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