わたしたち

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ただそれだけの出来事で、次の日から彼女は私をまた憐れむように見る傍観者になった。 中高一貫校だったので6年間、私と彼女は離れて過ごしたように思う。 ただその日以来、私へのいやがらせはぴたりと止まった。 彼女が何かを言ったのかもしれない。 いや、何も言わなくても、周りが大人に近づく年齢になって、そういうことをするのをばからしいと思ったのかもしれない。 どちらかわからないまま、私たちは高校の卒業式を迎えた。 彼女が東京に行って、女子大に通うことはリサーチ済みで、私もその大学の同じ学部を受験して合格していた。 卒業証書の入った筒を持って外に出ると、目の前に彼女が飛び出してきた。 人間なのだから、飛び出してきた、という言い方は良くないかもしれない。 だけど本当に動物のように、いきなり出てきたのだ。 周りがびっくりしたような目で私たちを見ていた。 「ねえ、私と同じ大学に行くんだってね。お母さんから聞いたよ」 彼女はそれを不快だと思っていない調子で行った。 「きっと就活も同じ会社を受けて、もし私と同じところに内定したら、一緒の会社で働くでしょ。部署はコントロールできないかもしれないけど、結婚する時期もトレースする」 トレース。 私は自分の行為をそのように思っていなかった。 彼女にばれていたことだけがショックだった。ストーカーそのものの行為に、彼女は嫌悪感を示すだろう。 しかし彼女は私の手をつかんで、誰の目にも触れないような校舎裏に連れて行った。 「夏になったら、またカブトムシをつかんで追いかけまわしてあげる。大学の中でね」 彼女はそう言ってふふっと笑った。 「知ってる? トレースしてるのは、あなたじゃなくて私もなんだよ」 ふいに風が吹き、桜が散った。 彼女が空を見上げると長いまつ毛も上を向く。 「ほかに合格した進学校を蹴ってこの学校に入ったのも、大学の学部を選んだのも」 彼女は笑った。 「ぜんぶ、あなたが興味のある分野を考えてトレースした」 桜が待った。 彼女が私の耳に唇を寄せる。 「結婚なんてしないでね。同じ会社に入るんだよ。私たちはずっと二人なんだから」 彼女……双子の妹は、悪びれることもなく声をあげて笑った。 私たちは二卵性双生児だった。 小学3年生のときに両親が離婚して、私は父、彼女は母の連れ子になった。 円満離婚だったせいか、父が再婚した私の養母と、私と彼女の実母は仲良くなったが、私と彼女は気まずい状態のまま今まで過ごしてきた。 名字も違うし二卵性なので似ていない私たちを、双子だと思った人は誰もいない。 これからの一生で、どちらも結婚しない保障なんてない。 同じ企業に就職なんて、そんなうまくいくはずがない。 カブトムシを彼女がつかまえて追いかけまわす姿と、靴箱の泥をタオルで拭く姿が重なった。 私は泣き、彼女は笑う。 きっと大学でも彼女は私と一定の距離をおくだろう。 そして、私を守るだろう。 中高で私のいじめがエスカレートしなかったのは、スクールカーストのトップにいる彼女の一言だ。 「いじめとかさ、ださくない?」 その言葉が急によみがえった。 大学でも私は孤立するかもしれない。 しかしきっと後ろから、彼女は私を見守っている。 「友達、できるといいね。私なんか必要としないくらいに」 私の涙は止まらなかった。 「いま、お父さんとお母さん……とあなたの新しいお母さん、いっしょに話してそうだね。それが終わってから戻ろうか」 ぽろぽろと、散った桜の上に涙がこぼれた。 彼女の両腕が私を包み込み、私たちは抱き合った。 校舎裏の桜の下で、このままずっといっしょにいたい。 叶わない夢を抱きながら私はまぶたを閉じた。
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