猿の尻

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 真っ赤なお尻は四十度近くあるそうだ。赤ければ赤いほどメスを誘惑できると聞けば、ニホンザルにとってのエロスはオスのお尻ということになりそう。まるで人間とは逆なようね。女のお尻を求める男は意外性がないけれど、男のお尻のエロスを求めてる女は滅多にいないような気がしてくる。  田舎の景色を見渡せば、どこかしらの屋根にお猿が数匹登ってたりする。目が合えばなかなか目を逸らしてもらえず、視界から消えるまでずっと目で追われることも。けれど危害を加えられるわけでもなく、私はあの赤いお尻を見るたびにニホンザルになりたいと思う。  四十度近くの高熱が出まして、布団を捲っても服を脱いでも肌の熱さは変わらず、熱さと寒気でおかしくなってしまいそうです。お薬を飲んでも朦朧としてしまって、立ち上がることすら困難。熱を測っては肌を触り、この温度はこのくらいの熱さなのか、と確かめてまた身体が重くなる。  妻はお薬をもらいに外へ出てしまった。体調が悪い時のひとりぼっちというのは寂しさが押し寄せてくる。甘えたくなってしまって、仰向けのまま地団駄を踏んで赤ちゃんのような真似をしてみた。それでもやっぱり静けさには負けてしまう。お恥ずかしい思いで布団を頭までかぶり、また汗を染み込ませてしまう。  身体が熱くて熱くてたまらない。頭の血管が切れてしまいそうで恐ろしい。  下着の中に手を滑らせてお尻を触ってみると、真っ赤に染まっているんじゃないかと錯覚してしまうほど熱いお尻だった。なんだか熱いお尻が切なく、しばらくお尻から手が離せなかった。  ニホンザルの赤いお尻はこのくらい暖かいのでしょうか。私の今のお尻なら、メスザルからモテモテになれそうな気がする。でも鏡でお尻を確認してみても、もちろん赤くはなく、男の人のお尻がただあるだけ。これでは駄目だ。赤いインクで塗りたくって、お尻を真っ赤にしなければ。そうすれば私のこの寂しさもなくなるに違いない。  水彩絵の具の赤を取り出し、お尻に直接押し出す。指で広げて真っ赤に塗りたくった。鏡に映る自分の姿に赤面してしまう。素っ裸でお尻だけ真っ赤な男の人。こんないやらしい自分への羞恥心で頬まで染まって、いよいよほんとうにお猿さんだこと。  天井から足音が聞こえる。これはきっと私を歓迎しているようね。きっとメスザルもいることでしょう。  もはやまともな思考もままならない頭で、朦朧としたまま玄関を開けた。私は素っ裸のままで外の風を全身で浴びた。久しぶりの新鮮な空気は絶品なお味。どこも隠すことなく背筋を伸ばして、一息つく。どうせど田舎の端で、林に囲まれています。人に見られるかもしれない緊張感は一切ありません。  振り返るとやはり屋根の上にいました。ニホンザルどころか、どのお猿さんにも詳しくないけれど、きっとオスもメスもいることでしょう。上から見下ろしているあのお猿さんたちは、人間は馬鹿だと思って嘲笑っているのかしら。でも今の私は違う。お尻を真っ赤に染めて、きっと体温も同じくらい。  さぁ、あなたたちが欲情する真っ赤な男のお尻をご覧なさい。見下ろすニホンザルに向けて、お尻を突き出し誘惑する。きっとメスザルは釘付けになっていて、オスザルは嫉妬しているに違いない。腰を揺らして誘っていると、パシンッという音と同時にお尻に痛みが走った。  見上げると妻が袋を提げて立っていた。そのまま何度かお尻を叩かれ、どっちの赤さかわからなくなってしまった。家に入る前にお猿さんを振り返ると、体を掻きながらつまらなさそうにあくびをしていた。  お薬を飲んで眠り、目が覚めると体温は少し下がっていてお尻も熱くない。夢だったのかと疑ってしまいたくなるほどお恥ずかしいことをしてしまった。でもこの手についた赤いインクが現実だったと教えてくれている。
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