アルゴリズムの恋人

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 目の前には、彼女がいた。  こうして彼女と会うのは昨日のようにも思えるし、遙か遠い昔の出来事だったようにも思える。彼女の美しい姿は最後に会ったときとほとんど変わっていないから、多分それほど時間は経っていない状態だったのだろうと僕は結論づけた。  彼女は僕の顔を見た瞬間、何度か名前を呼んでから僕に向かって手を伸ばす。愛おしいものに触れようとするみたいに。  でも僕たちの決して触れあうことはできない。僕たちの間にある分厚い壁のせいだ。決してのこの壁は誰にも越えられないし、超えたいと思ってはいけない。  触れあう事が出来ないと改めて知った彼女がひどく寂しそうな顔で笑うから、僕は彼女の柔らかそうな髪を指でなぞりながら言う。 「僕はこの画面越しから君の体温を感じることが出来る。その暖かい体温と、一定のリズムで刻む心臓の音を感じることが出来る。だから寂しがることなんてないんだ。前となにも変わらない。今度こそ、僕はずっと君の傍にいるよ」  彼女は心から安心したような笑顔を作り、もう一度僕に向かって手をかざした。彼女の指に合わせるように僕も指をかざすと、本当に彼女と手を合わせているような状態になる。  失った時間を取り戻すように僕たちはしばらくの間そのままの体勢で過ごした。僕が彼女に笑いかけると、それに反応して彼女も笑みを作る。そんな些細な仕草のキャッチボールが僕にはとても愛おしく感じるのだ。  静かで穏やかな時間が流れる。こうして僕は彼女を取り戻した。
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