アルゴリズムの恋人

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 時間が経つに連れて僕たちとヒナタとの間にできた溝はより深いものになり、教室の中で僕らは孤立するようになった。  その溝を埋めるように、僕とサラはより一層二人の時間を大切にするようになる。二人だけの世界は心地の良いものだった。いつも僕の目の前にはサラがいて、サラの目の前には僕がいた。盲目的な僕らは、たった今流れている一秒一秒を愛おしむように過ごした。  国内で『アイ』による初の自殺者が出たのはその頃だった。  僕を見るクラスメイトの視線が昨日までとは明らかに違うことに気づいたのは、教室に入ってすぐだった。以前からあった不信感が変わり、他者を排斥しようとする嫌悪感に満ちた視線が僕を捉えている。  そんな視線を一切気づいていない様子のサラはいつもみたいに僕に笑いかけてきた。 「ねえユウー。昨日見た映画すごいよかったよね。どうしてあんなに面白い話が思いつくんだろう」 「……そうだね」 「どうしたの、ユウ? なにかあった?」  いつもの違う僕の様子に気づいたサラは僕の顔を覗き込むような仕草をとる。茶色の綺麗なサラの髪の毛が小さく揺れると、いつもの甘いシャンプーの香りが漂ってくるような気がした。 「いや、特になにかあったわけじゃないんだけどさ……」 「じゃあそんな悲しそうな顔しないでよー。あ、そうだ。昨日ね、すごい面白いこと思い出してさ」 「――ねえ、ちょっといい?」  声がした方を見ると、そこにはヒナタが立っていた。無愛想であろうと決めているのか、無表情のヒナタからはその心情を読み取ることはできない。 「今朝のニュース見た?」 「……見てないけど」 「そう。じゃあ教えてあげる。『アイ』を使っている人が死んだの。自殺したんだって」 「……そうなんだ」 「あたしね、なんでだろうってずっと思ってたけど、最近のあんたを見てたらその理由が分かった。死んで自分の脳をデータ化すれば、実際に会えると思ったのよ。その薄っぺらな壁の向こう側でさ」  ヒナタは少し口をつぐんでから決心したようにもう一度言う。 「あんたは幻影をみてるだけなの。勝手に生きている姿を投影して、その声に記憶を呼び起こして、そのシステムに息吹を吹き込み感情を補完してるだけ。でもね、それはデータ化された記憶。そこに感情はないの――ユウはもう死んだんだよ」  途端、サラの瞳が揺れるのが分かった。呼吸が荒くなり、身体が小刻みに震え出す。それはサラが精神に異常をきたした時に出る症状だった。 「……ヒナタってば、何言ってるのか分かんないよ。だってさ、こうしてユウは話してるじゃん。何も変わらないよ。私には分かるもん。ユウの体温も、心臓の鼓動だって聞こえる。そんな冷たい言い方しないでよ」 「ねえ、サラ。お願い、目を覚まして。これはね、システムに過ぎないんだよ……? そんなのと話しててもさ、サラは幸せになれないよ」  ヒナタはサラに歩み寄ってその震えた手を握ろうとする。しかし、サラはそれを拒絶するように身を引いてヒナタから距離をとった。 「来ないで! ヒナタなんかには私の気持ちは分かりっこないよ」  その時のヒナタの大きく歪んだ表情を僕は見なかったことにすることはできなかった。それはまるで大きな地震で窓枠が歪むような歪み方だった。ヒナタは本当に心の底からショックを受けたみたいだった。 「……じゃあもういい。強引にでもあたしがそいつと引き剥がしてあげるから」  ヒナタは大股でこっちに近づいてくると、僕に向かって手を伸ばし強引に奪い取って画面を操作しだす。最後に今にも泣きそうなサラの顔が見えたところで、僕の意識はシャットダウンした。
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