アルゴリズムの恋人

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 サラはボロボロになった姿で大樹の下に膝を抱えうずくまっていた。綺麗に揃えられた靴と、枝に括り付けられた丈夫そうな紐がこれからサラの身に起ころうとしていた事を表している。  サラの瞳には何も映っていなかった。長いこと動きを止めたまま何かを黙考してした。  ヒナタはサラの名前を呼びながら駆け寄ると、力一杯その身体を抱きしめた。ヒナタは泣きじゃくりながら何度もサラの名前を呼び、その涙をサラに擦り付ける。しばらくの間、ヒナタはそうして言葉にならない感情をサラにぶつけていた。 「あんただけが辛いみたいな顔しないでよ……。あたしにもさ、一緒に悩ませてよ」  肩を寄せ合う二人の感情の波が十分に引くのを待ってから、僕は言った。 「ねえサラ。僕の記憶をデータ化するかどうか決めた時のこと覚えてる? 真っ白な病室の中でさ、僕は医者からその説明を受けて、隣には心配そうなサラがいた」  僕はサラの目をじっと見つめて言う。遠い目をしていたサラの瞳が僕の姿をやっと捉えたみたいだった。 「あの時、僕の家族はみんな記憶を残すことに同意したけど、サラだけは僕の記憶を残すことに反対したよね。そんなのユウが辛いだけなんじゃないかって。すぐ目の前にあるのに、自分だけが触れられないのはきっと地獄なんじゃないかってさ。……僕はさ、あの言葉がすごく嬉しかったんだ。サラがそう言ってくれたことが、本当に嬉しかったんだ」  サラの瞳から押し出されるように涙が零れた。 「だからさ、もう終わりにしなきゃいけない。僕も前を向かなきゃいけない。それをサラはもう一度受け入れてほしいんだ」 「……うん」掠れた声でサラが小さく頷く。 「こんな決断を二回もさせてほんとにごめん」 「今は謝らないでほしい」サラは手のひらの中で包み込むようにして僕を持った。「それよりもさ、最後に一つ聞きたいことがあるの」 「うん」 「ユウはもう寂しくない?」  それに対する答えはもう出ている。だから僕は精一杯の笑みを浮かべて言った。 「僕はこの画面越しからサラの暖かい体温、一定のリズムで刻む心臓の音を感じることが出来た。だからもう寂しくないよ」 僕は大粒に流れる涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女の名前を呼ぶ。 「よかった。僕にもちゃんと涙が出るみたいだ」  静かな空間の中に三人分の涙が音をたてて落ちていく。こうして僕は際限のない眠りについた。
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