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「そういえば、タエちゃんって白妙って名前なの?」
ぼくがたずねると、タエちゃんは口元をぺろりとなめてうなずいた。
「そうなんだぞ。でも、二年間、狩威町にミチルのこと探しに行ってる間に、人間の女の子はあまり四音の名前がいないってわかったから。タエはあだなだ」
そうなのか、とぼくがうなずいていると、おまわりさんが空の紙パックとお皿を片付けて言った。
「さて、もうそろそろ暗くなってくるし、白妙は坊ちゃんを狩威町へ送ってってやりなさい」
おまわりさんはぼくに向かってウインクして見せた。
「今度は、白妙の言うことをよく聞いて、ちゃんと橋を渡るんだよ」
気もちがあせって、ぜんぜん話を聞かなかったことを思い出してはずかしくなったぼくは、頭をかきながらハイと返事をした。
「帰りは歩いて帰ってくるだろうから、送っていくときは坊ちゃんに抱いてもらうんだよ。手あてはしたけどケガもしてるし、何より今日のおまえは力を使いすぎた」
「はぁい……」
おまわりさんにたしなめられて、タエちゃんはおもしろくなさそうな顔をしている。ねこの姿なのに、こんなにも表情がよくわかるのは、相手がタエちゃんだからだろうか。
おまわりさんは、交番を出ると、ふつうは見えないという鳥居までの道を教えてくれた。
ぼくはタエちゃんを抱っこしたまま、その道をまっすぐ歩く。ここまでの道のりは長かったような気がしていたけど、言われた通りに歩けばあっという間に鳥居までたどり着いた。
おどろいたことに、鳥居をくぐると、神社の階段に出た。うしろをふり返ると、いまくぐったのは一の鳥居だったようだ。
さっきまでは森の中を歩いている感覚だったのに、もう目の前には横断歩道と、狩威橋がある。
「なんか、ふしぎ……」
「あやかしの町との境目は、こんなもんなんだぞ」
タエちゃんはそう言って平然としている。
あたりはすっかり夕暮れ時で、薄暗くなり始めていた。
「ちゃんと公園まではいっしょにいてやるから、がんばって橋を渡るんだぞ、ミチル」
タエちゃんが前足でぼくの腕をたしたしとたたく。
「うん」
うなずいて、ぼくは横断歩道を渡り、橋に足をふみだした。
来るときは、あんなに不安でいっぱいだった夕闇のなかの橋の上。だけど、タエちゃんのあたたかさのおかげか、あんまりこわくない。
夕方の薄暗さをこわいと思っていたけど、いざ見てみると、橋から見える川の向こうにしずんでいく夕日も、それに染まるだいだい色の空も、川の色も、すごくきれいだと思った。
「タエちゃん」
「どうしたんだぞ?」
ぼくは、橋の上から夕日を眺めながらゆっくり歩く。
「夕焼けって、きれいだね」
「そうだな。あたしはこの空の色がすきなんだぞ」
「うん、ぼくも」
タエちゃんは、腕のなかでごろごろとのどを鳴らした。
「あれっ、ミチ!」
橋を渡りきったところで、公園のほうへ歩いていくかっちゃんとばったり会った。
「かっちゃん! 習いごと、おわったの?」
「うん、いま帰り! ……って、ミチ、ねこ抱っこできてるじゃん!」
かっちゃんが弾んだ声でぼくの腕のなかのタエちゃんをのぞきこむ。
「それに今、橋の向こうからひとりで歩いてきたよな。こわいって言ってたのにすごいじゃんか!」
かっちゃんはピカピカの笑顔でぼくの肩をたたいた。
ぼくは腕のなかのねこのタエちゃんと顔を見合わせて、声をあげて笑った。
「ほんとだ。ぼく、ねこ触れてるし、抱っこしてるし、橋も渡ってる!」
その後、ぼくは家へ帰るかっちゃんといっしょに帰路につき、タエちゃんはいつの間にかやって来ていたお銀さんといっしょに、橋の向こうへ帰っていった。
「あしたもまた、公園で」
と、こっそり約束をして。
そうして次の日、公園に現れた人型のタエちゃんと、かっちゃんとぼくはもう一度彩狩神社へ行った。
道中、タエちゃんはかっちゃんに自分がねこのあやかしだと打ち明け、人のいない神社の境内で、ねこの姿に戻って見せた。
かっちゃんは驚きはしたもののこわがるそぶりはなく、「あやかしと友だちになったって、すげーじゃんミチ!」と笑っていたし、タエちゃんに「カツミも友だちだろ」と言われて照れ笑いをしていた。
彩狩神社では、なんとねこ集会がひらかれていた。
集会をまとめるのは、猫又のお銀さん。
「やっと目的を果たしたようだね、白妙」
「お銀さんのおかげなんだぞ、ありがとな」
優雅に座ったお銀さんとタエちゃんの会話を聞いて、ぼくはやっとわかった。
初めて公園でタエちゃんと会ったとき、彩狩神社へ来るように誘ったのもお銀さんだった。ぼくとタエちゃんがちゃんと話せるように、助けてくれていたんだ。
「お銀さんは世話焼きだからねぇ」
拝殿の影から、馬のおまわりさんがひょこっと顔を出す。今日は制服じゃなくて、普段着のようだ。
「おまわりさん!」
「ふふ、僕もね、お銀さんから頼まれてちょっぴり手助けさせてもらったんだよ」
ニコニコ笑うおまわりさんに、かっちゃんは興味津々だ。
「馬のあやかしなんですか? おまわりさんってことは、あやかしの町にも警察があるんですね!」
「こっちの坊やはずいぶん好奇心旺盛だね」
おまわりさんはかっちゃんと二人で適当な木の下に座り込むと、話をはじめた。すぐに二人は盛り上がる。
「人間の坊ちゃん」
お銀さんがぼくに声をかける。
「アタイは白妙の助けになればと思って見守ってきたけどね、あやかしの町を人間から守るのも役目さね。だから守ってほしい約束がある」
ぼくは気もちを引きしめて、お銀さんの次の言葉を待った。
「あんたとあそこで馬と話してる坊ちゃん以外の人間にアタイたちのことを話さないこと。アタイたちの町のことを、他の人間に知られないようにすること」
お銀さんは、真面目に聞いているぼくのおでこにぽんと肉球を押し付けた。
「白妙とこれからも仲良くすること。約束できるかい?」
ぼくは目を見開いて、それから笑う。
「最初の二つは、かっちゃんと二人でがんばって守ります! でも最後の一つは、約束しなくてもそのつもりです!」
それからのぼくは、タエちゃんや他のあやかしたちとかえり道を歩くようになった。
それはまた、別のおはなし。
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