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「なぁに、タエちゃん」
「……昔、子ねこに噛まれたって話、してたろ」
タエちゃんはうつむいて、とても言いにくそうに口を開く。
「あれ、あたしなんだ」
「えっ」
「ほんとうにごめん」
タエちゃんは、頭を深く深く下げた。そのまま続ける。
「あのとき、あたしは初めてひとりで人間の町…狩威町に行って、ヘマしてケガもして、ものすごくこわかった」
こんなに勇敢で、ぼくの手を引いてくれるタエちゃんの口から「こわかった」と出てくるぐらいだ。あの子ねこだったタエちゃんにとって、人間の町でケガをするなんて、どれほどのことだっただろう。
「ミチルは気づいてたか? あやかしの町は、車やバイクがないんだ」
「そういえば、自転車とかも見なかったね」
ぼくの言葉に、タエちゃんはすこしだけ顔を上げた。
「あやかしの世界も、人間の世界と似たようなものがたくさんあるんだけど、しくみがちがうんだって。あやかしは、車とかバイクとか必要ないやつが多いから、すくなくともこの町には車もバイクもない。だから、二年前のあの日、あたしは初めて車を見て、ビックリして飛びだしたところを、自転車にぶつかっちゃったんだ」
タエちゃんの話を聞きながら、あのときの子ねこの様子を思いだす。車が通るたびにふるえていたのは、そのせいだったのか。
「ミチルがあのとき、あたしのこと助けてくれようとしてたのはわかってたんだ」
タエちゃんが、机の上に置いたぼくの手に、そっと顔をよせる。
「でも、ハンカチでしばってくれたとき、すごく痛くて、それまでずっとこわかったのもあって、気づいたら噛みついて、その場から逃げてた」
タエちゃんは、そっとぼくの手の傷あとをなめる。
「ごめんな、痛かったよな。助けてくれようとしたのに、ほんとうにごめんなさい」
タエちゃんの、白ねこの目から涙がぽとぽとと落ちる。
「わっ、タエちゃん、泣かないで! だいじょうぶだよ、もう痛くないし、止血したとき痛かったんだろうなって思ってたし」
ぼくがあわててそう言うと、タエちゃんは前足で顔をぬぐうと、机の上できちんと座り直してぼくを見上げる。
「あのあと、落ち着いて考えたら、ひどいことしたなって思って、すごく後悔したんだ。あの子に謝らなきゃって思って、ケガが治ってから、ずっとさがしてた」
タエちゃんが、右の前足をすこしだけ上げる。
「あのときのハンカチ、まだ家にあるんだ。さすがに汚れが落ちなくて返せないんだけど……」
ぼくがあのときハンカチを巻いてあげたところに、いまはおまわりさんが巻いてくれた包帯が巻かれている。
「ぜんぜんいいよ。一年生のときのだから、いまじゃもう小さいし。それより、あのときの子ねこが、タエちゃんなんだね。すごく、大きくなったね」
ぼくがそう言うと、タエちゃんは張り合うように声をあげる。
「ミチルも大きくなったんだぞ!」
「ふふ。あのときのケガ、ちゃんと治っててよかった」
「おかげさまなんだぞ」
「今度は、ちゃんと手あてしてあげられてよかった。手あてしたのはおまわりさんだけど」
「あたしも、やっと謝れてよかったんだぞ」
タエちゃんとぼくは顔を見合わせてふふふ、と笑った。
「お話はちゃんとできたかい」
馬のおまわりさんが、奥から紙パックのジュースと、お皿に水を入れて戻ってきた。ぼくにジュースのパックを手渡し、タエちゃんの前にお皿を置く。
「そのジュース、ちゃんと人間の町のものだから安心してお飲み。白妙もね」
ぼくとタエちゃんは、ありがたく乾いたのどを潤した。
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