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ぼくが手をひいて歩きだすと、タエちゃんが引き止めようとする。
「なあ、ミチル。こっちは……」
「だいじょうぶ、ここからそんなに遠くないよ」
タエちゃんは何か言いたそうにするけど、ぼくだってこわがってばっかりいるわけじゃない。
「そうじゃなくて! ミチル、あやかしがこわいだろ?」
タエちゃんはぼくについてきつつも、「止まれって」とか「話を聞いてくれ」とさわぐ。
そりゃあ、あやかしだとか、妖怪だとか、おばけだとかはこわい。さっきタエちゃんがねこの姿になったときも、びっくりしちゃったけど、だってタエちゃんだ。
そこでハッと思い出す。
ぼく、びっくりして、こわくって、タエちゃんにいやだ、近づかないでって言っちゃったんだ。
あのとき、タエちゃんもびっくりしたような、悲しそうな顔をしていた気がする。
「……さっき、ねこになったとき」
ぼくが歩きながら話しだすと、タエちゃんはぴたりと口を閉じた。
「ひどいこと言っちゃって、ごめんね」
タエちゃんは「あー」とか「うー」とか言ったあと、
「……びっくりしたからだろ……」
と言ってフォローしてくれたけど。
「もし自分が言われたらって考えたら、悲しくなったから……ほんとに、ごめんね」
家のほうへ歩きながら、すこしうつむいてぼくはタエちゃんに謝った。タエちゃんはだまってついてきて、ぼくの手をにぎり返す手にすこしだけ力をこめた。
「あの、あのな、ミチル、あたしも……」
「あっ、タエちゃん、ここだよぼくんち……」
タエちゃんが何か言いかけるのと、ぼくが立ちどまって指さしたタイミングが重なってしまった。
「えっ、ここ?」
タエちゃんが目を白黒させている。
「そうだよ、ここがぼくんち……」
タエちゃんに笑って見せて玄関をふり返ると、ドアを開けてこちらを見ている一つ目のなにかがいた。
「ひっ……!」
毛むくじゃらで、大きな目が一つ。
ぜったいに人間じゃない……!
「うわあああああああ!」
ぼくはタエちゃんの手を引いて走り出した。
「あっ、おい、ミチル!」
タエちゃんは「いてて」と言いながらも、ぼくといっしょに走ってくれる。
角を曲がって、そっと家の方を見るけど、さっきの一つ目は特に追いかけてきてはいないみたいだ。
「な、なにあれ……なんでぼくんちに……」
心臓がばくばくして、耳の近くでドコドコとうるさい。
タエちゃんはへたりこんでしまったぼくのそばに座ると、ぼくの顔をのぞきこんで言った。
「だからな、ミチル。ここはミチルの町…狩威町じゃなくて、あやかしの町なんだ」
「なんて⁉」
「だから〜……あぁもう、ミチルは、彩狩神社からどっちの方向に走ったか覚えてるか?」
タエちゃんに聞かれて、ぼくは涙目で考える。
「えっ、あの時は、逃げなきゃって思って、鳥居の方に…」
「そう。鳥居。どっちの鳥居だった?」
どっちの?
聞かれて、思い出す。
拝殿の裏に回ったとき、来た方向の反対側にも鳥居があったこと。
「もしかして……ぼく、反対側の鳥居に向かって…?」
「そう。だから、そっちは違う、止まれって話そうとしてるのに、聞かずに行くから……」
「ええええええ……」
ぼくは頭を抱えた。
「なんで……え、でもそうだ、ぼく、橋を渡った記憶ない……神社から帰るなら、必ず橋を渡らなきゃいけないのに」
それに、彩狩神社には階段をのぼって、一の鳥居と二の鳥居をくぐる。
でも、ぼくはここまで来るのに、鳥居を一つしかくぐっていない。
「さっき通った鳥居はなんなの…?」
「あの鳥居は人の世とあやかしの世のはざまにある、玄関みたいなものだって。ほんとうなら、人間には見えないはずなんだ。それなのにミチルには見えてたからおかしいなって思ってたんだけど」
ぼくはすがるような気持ちでタエちゃんにたずねた。
「ここ、タエちゃんの住んでる町なの?」
どう見ても、ぼくやかっちゃんの家がある狩威の街並みなのに。道も、家やお店も。
「あたしんちは、もう少し先に行ったとこだけど。この町は狩威川をはさんで狩威町と鏡写しになってるから、建物も道もそっくりだと思う」
ぼくは信じられない気持ちであたりを見てみる。
ぼくんちの角を曲がったところには、江藤さんの家がある。ぼくんちの横書きのそれとは違う、縦書きで筆文字のかっこいい表札がかかっていて…。
だけど、目の前の、どう見ても江藤さんの家の表札には、見たことのない文字が書かれていた。習ってない漢字ってわけではない。ぜったいに日本語ではない。
「タエちゃん、これ、読める……?」
ぼくがふるえる指で表札をさすと、タエちゃんはうなずいた。
「あやかしの世界の文字だ。人間の言葉と、音は同じなんだけどな」
平然としているタエちゃんに、ぼくは頭がくらくらしてきた。
いや、でもタエちゃんにとっては、こっちが自分の世界だから、落ち着いているのも当然なんだろう。
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