1話 魔法のリップと幽霊の男の子(1)

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1話 魔法のリップと幽霊の男の子(1)

 ── 私がスカートを()いたら、慎吾(しんご)はどんな反応をするのかな?  学校に行く前に(かがみ)の前に立ちながら、ふと思う。  白いメッシュのニットに、ピンクのフリルのスカート。  いつもはズボンと合わせていたんだけど、今日は思い切って、お母さんが買ってくれたスカートを合わせてみた。  すると、いつものニットなのに、なんだかかわいい女の子になったような気持ちになって、私は思わず鏡に笑いかける。  私は、いつもは絶対ズボンなんだけど、今日はスカートを履いた。  最後に履いたのは低学年の頃だったかな? だから、すごくドキドキする。  髪をクシでとくと、肩まである髪に(つや)が出る。  今日は体育がないから髪を下ろしたままにする。  そして、最後の仕上げにリップを()って完成。 「行ってきます!」  私はランドセルを背負い、家を出て行く。  そして坂道を登り、集団登校の場所に向かう。  季節は七月で、太陽の光がまぶしい夏。  夏休みまでもう少しだ。  私は吉田香澄(よしだかすみ)。  第一小学校に通ってる五年生。  今日は、スカートを履いて学校に行く。  クラスの友達はみんなオシャレだし、私もかわいくなりたいから。  それに……。  私は集団登校の待ち合わせの場所に一番に着き、みんなを待つ。  すると、下級生(かきゅうせい)の女の子三人が来た。 「香澄お姉ちゃん、おはよう」 「お姉ちゃん、スカート? かわいい!」 「私も、お姉ちゃんみたいな服着たいな」  私に、そう言ってくれる。  小さくても女の子。かわいい服や小物をしっかり分かっている。  私たちはみんなが集まるまで、かわいい物についていつも話しているのだ。  こうしている間に、班の子たちが集まってくる。  そこに……。 「おはよう」  同級生の男の子がやって来た。  この男の子の名前は、渡辺慎吾(わたなべしんご)。  家がとなり同士で、幼稚園(ようちえん)の頃から一緒。  おたがいの誕生日。  お父さんとお母さん。  好きな食べ物。  嫌いな食べ物。  小さいころにあったことなど。  なんでも知っている仲だ。 「おはよう」  みんなで声をかける。  すると、慎吾は下級生の子たちには笑いかけるのに、私だけは見てくれない。  初めて履く、このスカートすら……。 「お兄ちゃん、香澄お姉ちゃんのスカートかわいいよ!」  下級生の女の子が言ってくれる。 「……あ、うん」  慎吾は一瞬(いっしゅん)私を見たかと思ったら、すぐ違う方向を見る。  私のことなんて、興味ないみたい。  せっかく買ってもらったスカートが、風に悲しくなびく。  しばらくし、下級生の子が遅れたと慌てて走ってくる。  慎吾は「ゆっくりで大丈夫だよ」と手を振っている。  こうして、全員集まったから登校する。  慎吾が班長で、私が副班長。  この地区(ちく)には六年生がいないから、五年生の私たちが担当している。  班長は下級生の歩くペースを考える。  信号や横断歩道でみんなが渡り切るのを旗を上げて見守って、止まってくれた車に頭を下げる。  すごいな……、私にはできない。  慎吾は優しくて、その場をまとめる力がある。頼りがいのある五年生。  それに比べて私は……。  四十分ほど歩き、学校に着いた。  班長と副班長の私たちは、下級生の子たちに「また明日」と手を振る。  そして、教室のある三階にかけ上がって行く。  この時間、私と慎吾にほとんど会話はない。 「おはよう!」  教室に着くと、慎吾が友だちの元にかけ寄り、私から離れて行く。  三年生まで一緒に遊んだり、話をしたりしていた。  でも、もう、そうゆうことはなくなった。  男の子たちは探検や冒険、ゲームやテレビ、そして野球の話がおもしろいんだって。  私には分からないよ。 「香澄、おはよう! あ、スカートかわいい!」 「おはよう! ありがとう!」  友達の夏美(なつみ)舞香(まいか)(あや)が話しかけてくれる。いつもの仲良しメンバー。  話すことは、かわいい服、かわいい小物、雑誌の特集について。  でも、今日はいつもと違う話が出てきた。 「ねえ、知ってる? となりのクラスの子が、幽霊(ゆうれい)を見たらしいよ!」 「あ、知ってる! 人間なんだけど、半分とうめいなんだよね? 絶対に幽霊だよ!」 「へえ、何それ? もっと教えてー!」 「私も登校班で聞いたんだけどね。幽霊を見た子の話によると、『よくも壊したな』と言っているみたいだよ」 「壊す? 幽霊って、何を持っているの?」 「人間が幽霊の物を? 触れるのー?」  みんなは訳が分からず笑っていたけど、私は笑えなかった。 「あ、ごめん、ごめん! 香澄、怖い話だめだもんね!」 「違う話しよう! ……このスカート、慎吾くん何か言ってた?」 「かわいいとか!」  みんな、おもしろそうに笑う。 「違うから!」  私は顔を赤くして叫ぶ。  私が慎吾を好きなのは、みんな知っている。  ……知らないのは慎吾だけ……。 「慎吾がどうしたんだよ?」  その話を聞いていた男の子たちがこっちに来る。慎吾も一緒に……。 「な、なんでもないから! 別に慎吾なんて、どうでもいいし!」  そう言い、私は教室を出て行く。  その顔はいつも以上に熱かった。  最悪……、慎吾にどうでもいいなんて言っちゃった……。本当は好きなのに……。  私は泣きたいのを必死にこらえ、階段を降りて行く。そして、いつもの中庭に着く。  中庭には、クラス毎で世話している花壇。  中央にある池。  大きな木。  そしてその下に、人の形をした像がある。  でも、その一部が壊れてしまっていた。  この像は、学校が建てられる前に作られたらしく、とても古い。  そして、とうとう壊れてしまったようだ。  夏休み中に修理するらしく、児童が立ち入らないようにと、像の周りには簡単な柵がついていた。 「……あ、そっか」  今は危ないから「像に近づいたらいけない」、と先生に言われていることを思い出した。  だから、遠くから像を見る。  私は何かあると、この像のもとに来る。  なぜか分からないけど、安心するからだ。  でも、壊れた像は、いつもの優しい表情とは違い、怒っているように見えた。  だから、慌てて像から離れ、池の前に咲いている小さな花を見た。  きれいな花。私みたいに曲がっていなくて素直。だから、こんなに美しいのだろう。  そう思うと、また泣きそうになってしまった。  その時、突然大きな声が聞こえてきた。 「許してくれー! 許してー!」  中庭にいた人は、みんな驚いて声がする方を見る。  叫んでいるのは見覚えのある男の子。  となりのクラスの子だった。  その子は、叫びながら真っ直ぐに走っていた。その先は池があるのに。 「だめ、危ないよ……」  私は怖くて、小さな声しか出せなかった。 「ごめんなさい! ごめんな……!」  バシャン!!  男の子は池に落ちてしまった。 「あ! どうしよう! どうしよう……」  私は何もできず、泣いてしまった。 「大変だ! 池に落ちたー!」  泣いている私を横に、男の子たちが走ってきた。  一部始終(いちぶしじゅう)を見ていた男の子たちが、池に落ちてしまった男の子に手を伸ばし助け出す。  その男の子たちの中には、私より学年が下の子もいた。  頼もしい下級生の子。情けない高学年の私……。  その後、騒ぎを聞いた先生が何人も来た。  でも池に落ちた男の子は、先生の話を聞けずに「幽霊を見た!」「声が聞こえた!」と叫んでいた。  その様子に先生たちは戸惑い、その後、その男の子は保健室に連れて行かれた。  そして、このできごとは「学校に幽霊が出る」というウワサを広める結果となってしまった。  私はその場にいたということで、先生に事情(じじょう)を聞かれた。  しかし、男の子が騒ぎながら走っていた。目の前が池なのに真っ直ぐ走ってしまった、としか分からなかった。  池に落ちた男の子を、助けた男の子たちも私と同じことを言っていたらしく、幽霊の声なんてだれも聞いてなかった。  ……そして、池に落ちた男の子の近くにいたのに、池にはまらないように助けることができなかったことは、話せなかった……。  私は学校が終わり、家に帰ってきてから、あの時のことばかり考えていた。  なんとか宿題を終わらせ、明日の準備をし、お風呂から上がった私は、窓から外を見ていた。  となりの家は慎吾の家であり、目の前は慎吾のへや。  小さい時から窓を開けて話をしたり、空を見たりしたっけ。  星が好きな慎吾は、私に色々な星の話を教えてくれた。  今日も、一番星がキラキラ輝いていてきれいだった。  そういえば前に聞いたっけ。  一番キラキラ輝く一番星に、願いを込めたら叶うと。慎吾から……。  教えてもらった低学年の頃を思い出し、私は涙が出てきた。 「……また泣いちゃった……。本当に弱虫だな……」  私は涙を拭き、両手の指と指を交差させ目を閉じる。  ── 私は臆病(おくびょう)な自分が嫌い。素直になれない自分が嫌い。お願い、一番星さま。私、困っている子を助けられるぐらい強くなりたいです。慎吾と昔みたいに、仲良くなりたいです。  私は強く願う。すると、私の手が強い光に包まれた。
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