4人が本棚に入れています
本棚に追加
1話 魔法のリップと幽霊の男の子(1)
── 私がスカートを履いたら、慎吾はどんな反応をするのかな?
学校に行く前に鏡の前に立ちながら、ふと思う。
白いメッシュのニットに、ピンクのフリルのスカート。
いつもはズボンと合わせていたんだけど、今日は思い切って、お母さんが買ってくれたスカートを合わせてみた。
すると、いつものニットなのに、なんだかかわいい女の子になったような気持ちになって、私は思わず鏡に笑いかける。
私は、いつもは絶対ズボンなんだけど、今日はスカートを履いた。
最後に履いたのは低学年の頃だったかな? だから、すごくドキドキする。
髪をクシでとくと、肩まである髪に艶が出る。
今日は体育がないから髪を下ろしたままにする。
そして、最後の仕上げにリップを塗って完成。
「行ってきます!」
私はランドセルを背負い、家を出て行く。
そして坂道を登り、集団登校の場所に向かう。
季節は七月で、太陽の光がまぶしい夏。
夏休みまでもう少しだ。
私は吉田香澄。
第一小学校に通ってる五年生。
今日は、スカートを履いて学校に行く。
クラスの友達はみんなオシャレだし、私もかわいくなりたいから。
それに……。
私は集団登校の待ち合わせの場所に一番に着き、みんなを待つ。
すると、下級生の女の子三人が来た。
「香澄お姉ちゃん、おはよう」
「お姉ちゃん、スカート? かわいい!」
「私も、お姉ちゃんみたいな服着たいな」
私に、そう言ってくれる。
小さくても女の子。かわいい服や小物をしっかり分かっている。
私たちはみんなが集まるまで、かわいい物についていつも話しているのだ。
こうしている間に、班の子たちが集まってくる。
そこに……。
「おはよう」
同級生の男の子がやって来た。
この男の子の名前は、渡辺慎吾。
家がとなり同士で、幼稚園の頃から一緒。
おたがいの誕生日。
お父さんとお母さん。
好きな食べ物。
嫌いな食べ物。
小さいころにあったことなど。
なんでも知っている仲だ。
「おはよう」
みんなで声をかける。
すると、慎吾は下級生の子たちには笑いかけるのに、私だけは見てくれない。
初めて履く、このスカートすら……。
「お兄ちゃん、香澄お姉ちゃんのスカートかわいいよ!」
下級生の女の子が言ってくれる。
「……あ、うん」
慎吾は一瞬私を見たかと思ったら、すぐ違う方向を見る。
私のことなんて、興味ないみたい。
せっかく買ってもらったスカートが、風に悲しくなびく。
しばらくし、下級生の子が遅れたと慌てて走ってくる。
慎吾は「ゆっくりで大丈夫だよ」と手を振っている。
こうして、全員集まったから登校する。
慎吾が班長で、私が副班長。
この地区には六年生がいないから、五年生の私たちが担当している。
班長は下級生の歩くペースを考える。
信号や横断歩道でみんなが渡り切るのを旗を上げて見守って、止まってくれた車に頭を下げる。
すごいな……、私にはできない。
慎吾は優しくて、その場をまとめる力がある。頼りがいのある五年生。
それに比べて私は……。
四十分ほど歩き、学校に着いた。
班長と副班長の私たちは、下級生の子たちに「また明日」と手を振る。
そして、教室のある三階にかけ上がって行く。
この時間、私と慎吾にほとんど会話はない。
「おはよう!」
教室に着くと、慎吾が友だちの元にかけ寄り、私から離れて行く。
三年生まで一緒に遊んだり、話をしたりしていた。
でも、もう、そうゆうことはなくなった。
男の子たちは探検や冒険、ゲームやテレビ、そして野球の話がおもしろいんだって。
私には分からないよ。
「香澄、おはよう! あ、スカートかわいい!」
「おはよう! ありがとう!」
友達の夏美、舞香、綾が話しかけてくれる。いつもの仲良しメンバー。
話すことは、かわいい服、かわいい小物、雑誌の特集について。
でも、今日はいつもと違う話が出てきた。
「ねえ、知ってる? となりのクラスの子が、幽霊を見たらしいよ!」
「あ、知ってる! 人間なんだけど、半分とうめいなんだよね? 絶対に幽霊だよ!」
「へえ、何それ? もっと教えてー!」
「私も登校班で聞いたんだけどね。幽霊を見た子の話によると、『よくも壊したな』と言っているみたいだよ」
「壊す? 幽霊って、何を持っているの?」
「人間が幽霊の物を? 触れるのー?」
みんなは訳が分からず笑っていたけど、私は笑えなかった。
「あ、ごめん、ごめん! 香澄、怖い話だめだもんね!」
「違う話しよう! ……このスカート、慎吾くん何か言ってた?」
「かわいいとか!」
みんな、おもしろそうに笑う。
「違うから!」
私は顔を赤くして叫ぶ。
私が慎吾を好きなのは、みんな知っている。
……知らないのは慎吾だけ……。
「慎吾がどうしたんだよ?」
その話を聞いていた男の子たちがこっちに来る。慎吾も一緒に……。
「な、なんでもないから! 別に慎吾なんて、どうでもいいし!」
そう言い、私は教室を出て行く。
その顔はいつも以上に熱かった。
最悪……、慎吾にどうでもいいなんて言っちゃった……。本当は好きなのに……。
私は泣きたいのを必死にこらえ、階段を降りて行く。そして、いつもの中庭に着く。
中庭には、クラス毎で世話している花壇。
中央にある池。
大きな木。
そしてその下に、人の形をした像がある。
でも、その一部が壊れてしまっていた。
この像は、学校が建てられる前に作られたらしく、とても古い。
そして、とうとう壊れてしまったようだ。
夏休み中に修理するらしく、児童が立ち入らないようにと、像の周りには簡単な柵がついていた。
「……あ、そっか」
今は危ないから「像に近づいたらいけない」、と先生に言われていることを思い出した。
だから、遠くから像を見る。
私は何かあると、この像のもとに来る。
なぜか分からないけど、安心するからだ。
でも、壊れた像は、いつもの優しい表情とは違い、怒っているように見えた。
だから、慌てて像から離れ、池の前に咲いている小さな花を見た。
きれいな花。私みたいに曲がっていなくて素直。だから、こんなに美しいのだろう。
そう思うと、また泣きそうになってしまった。
その時、突然大きな声が聞こえてきた。
「許してくれー! 許してー!」
中庭にいた人は、みんな驚いて声がする方を見る。
叫んでいるのは見覚えのある男の子。
となりのクラスの子だった。
その子は、叫びながら真っ直ぐに走っていた。その先は池があるのに。
「だめ、危ないよ……」
私は怖くて、小さな声しか出せなかった。
「ごめんなさい! ごめんな……!」
バシャン!!
男の子は池に落ちてしまった。
「あ! どうしよう! どうしよう……」
私は何もできず、泣いてしまった。
「大変だ! 池に落ちたー!」
泣いている私を横に、男の子たちが走ってきた。
一部始終を見ていた男の子たちが、池に落ちてしまった男の子に手を伸ばし助け出す。
その男の子たちの中には、私より学年が下の子もいた。
頼もしい下級生の子。情けない高学年の私……。
その後、騒ぎを聞いた先生が何人も来た。
でも池に落ちた男の子は、先生の話を聞けずに「幽霊を見た!」「声が聞こえた!」と叫んでいた。
その様子に先生たちは戸惑い、その後、その男の子は保健室に連れて行かれた。
そして、このできごとは「学校に幽霊が出る」というウワサを広める結果となってしまった。
私はその場にいたということで、先生に事情を聞かれた。
しかし、男の子が騒ぎながら走っていた。目の前が池なのに真っ直ぐ走ってしまった、としか分からなかった。
池に落ちた男の子を、助けた男の子たちも私と同じことを言っていたらしく、幽霊の声なんてだれも聞いてなかった。
……そして、池に落ちた男の子の近くにいたのに、池にはまらないように助けることができなかったことは、話せなかった……。
私は学校が終わり、家に帰ってきてから、あの時のことばかり考えていた。
なんとか宿題を終わらせ、明日の準備をし、お風呂から上がった私は、窓から外を見ていた。
となりの家は慎吾の家であり、目の前は慎吾のへや。
小さい時から窓を開けて話をしたり、空を見たりしたっけ。
星が好きな慎吾は、私に色々な星の話を教えてくれた。
今日も、一番星がキラキラ輝いていてきれいだった。
そういえば前に聞いたっけ。
一番キラキラ輝く一番星に、願いを込めたら叶うと。慎吾から……。
教えてもらった低学年の頃を思い出し、私は涙が出てきた。
「……また泣いちゃった……。本当に弱虫だな……」
私は涙を拭き、両手の指と指を交差させ目を閉じる。
── 私は臆病な自分が嫌い。素直になれない自分が嫌い。お願い、一番星さま。私、困っている子を助けられるぐらい強くなりたいです。慎吾と昔みたいに、仲良くなりたいです。
私は強く願う。すると、私の手が強い光に包まれた。
最初のコメントを投稿しよう!