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10話 魔法のチークと甘酸っぱい恋の三角関係(2)
「もう止めようよ!」
拓也くんが叫ぶ。
「だれもいなくなったら嫌だよ!こんなことで、クラスのみんながお互いを悪く言い合ったり、大事にしている気持ちをみんなの前で言わないといけなかったり、まちがってるよ!」
拓也くんが、私たちの前に立つ。
「……拓也……、ありがとう。そうだよな……」
今度は慎吾が、姫乃ちゃんに憑いた幽霊の前に立つ。
「……俺は、だれも悪くないと思う。みんな悪くない。ただ、自分が悪いと言われたくないから他のやつを悪いと言ってしまう。人間は弱いから。……相手のことが好きだから距離を取ってしまったり、『好きな相手』の『好きな人』にイジワルしてしまうのだと思う……。でも、こうやって意見をぶつけ合ったら良いだろう?そしたら話し合いで解決できるんだから!」
『話し合い?そんなのいらない。みんな仲良くしないとだめなんだから!』
「……じゃあ、どうしたらみんな仲良くできるの?」
私は、幽霊に尋ねる。
『えらい人の言うことだけを聞いていれば良いんだよ』
(そしたら争いは起きないから……)
「えらい人?その基準だと、姫乃ちゃんだよ?クラス委員……、つまりクラスの代表だし」
『え?えっと……』
「私、思うんだけど、それこそ戦時中の考え方じゃない?えらい人が戦争をすると言って、みんなに強要して、嫌だと思っていた人の意見聞いてないよね?今、みんな怖くて意見言えてないよ。これこそ問題じゃない?」
『あ……』
姫乃ちゃんに憑依した幽霊は、クラスの子たちを見る。
(この目……、お父さんお母さんと同じ。怖くて何も言えないんだ……)
「だから意見をぶつけないといけないの。みんなの話を聞かないと。言わないと分からないでしょう?」
『……でも、香澄ちゃんのせいだと言う子もいたよ?』
「うん……、そうだと思うし、それも一つの意見だと思う」
「俺はだれも悪いなんて思っていないから!それも一つの意見」
慎吾も話してくれた。
『そっか……、そうだよね……』
姫乃ちゃんに憑依していた幽霊は、姫乃ちゃんの体から出てくる。
すると、姫乃ちゃんの体は力無く倒れそうになったけど、そっと支えられるように、その場に寝かせてもらえた。
見えないけど、分かる。みやちゃんと、やすこちゃんがずっとそばにいてくれて、危なくなったら助けようとしていてくれたことを。
「ありがとう」
次の瞬間、みんなが動かなくなった。
これは、やすこちゃんの魔法の力。時間を止めてくれたんだ。
姫乃ちゃんから出てきたのは、幽霊の男の子だった。やはり、みやちゃんや、やすこちゃんみたいな戦時中のような服を着ていて、小さく痩せていた。
『……ごめん、ひどいことして……。この子は眠らせただけだから。しばらくしたら目を覚ますから……』
「そっか……、『いなくなる』は『眠らせて話をできなくする』意味だったんだね」
『……うん、争いの種になる人がいなくなったら良いと思ったから……。最低だよね……。僕こそ、地獄に落ちるべきだよ……』
「私ね、戦争の本を読んだの。戦争したくないと言った人もいたけど、その人たちは『収容所』というところに連れていかれて、ひどいことされたんだよね?」
『うん……、だからみんな何も言えなくなった……。戦争したくないと言った人も……。そうなっていくうちに、近所でも国民学校でも、「戦争したくない」と言ったら「非国民」と言われるようになった。そうしていくうちに、同士であるはずの僕たちが争うようになった……。だから、僕たちは意見を持ったらいけない。争ったらいけない。えらい人の言うことを聞いていたら、争いはおきないから……』
「そうだったんだね……」
そんな時代を生きてきたんだ……。だから意見をぶつけるのすら悪……。なんて悲しい考え方なんだろう。
『見守ってくれないかな?この学校で。私たちは、だれかの言いなりにはならないし、思った通りに生きて、話し合う。それがみんなで生きていく一歩だと思うから」
『分かった……。これからは、君たちを信じて見守ると決めたよ。……僕の名前はよしお。あいつにもう一度話してみるよ。本来の役割に戻ろうと……』
「ねえ、あなたたちの役割は何?」
『え?いや、何でもないんだ!』
「やっぱり、幽霊の決まりごとなんだ」
『うん……、僕たちはあくまでカゲの存在でないといけない。……死んでいるのだから……。人間に影響を与えるなんて、本来は許されないからね……』
よしおくんの姿は、薄くなっていく。
『香澄ちゃんが危なくなったら、助けるからね』
「ありがとう!」
『もう、戦争はしないで……』
「うん」
私が頷くと、よしおくんは姿を消した。
すると、この瞬間、みんなが動けるようになった。
閉まっていたドアは開き、先生を呼ぶことができた。
先生によって、姫乃ちゃんは保健室に連れて行ってもらい、姫乃ちゃんの友だちも付いていった。
みんなの様子から、今起きたことは、夢なのか現実なのかはっきりしていないみたい。
きっとそれも、誰かの魔法の力なんだと思った。
しばらくし、姫乃ちゃんが目を覚ましたらしい。
安心していたところ、姫乃ちゃんが私と慎吾に来て欲しいと言っているみたいで、私たちは保健室に行く。
「姫乃ちゃん、大丈夫?」
慎吾は話しかける。
「……うん」
そう言うけど、姫乃ちゃんは慎吾のことを見ない。少し離れている、私を見ていた。
「……ごめんなさい……。二人になりたい」
姫乃ちゃんが小さい声で言った。
「うん、分かった」
私は、保健室を出て行こうとする。
「ちがう、香澄ちゃんと」
「え!私?」
私は驚く。
「うん、分かってるよ」
慎吾はそう言い出て行く。
保健の先生も、何かあったら呼んで欲しいと言い出て行ってしまう。
私は姫乃ちゃんと二人でいることに、思わず身構える。
次は何を言われるのだろう?
嫌な汗が出てきていた。
「香澄ちゃん……、今までひどいことばっか言ってごめん!」
そう言い、姫乃ちゃんは頭を下げてきた。
「姫乃ちゃん!いや、そんな……」
怒っているんじゃないの?どうして謝るの?
姫乃ちゃんの心は聞こえなかった。
意味分からなかったけど、姫乃ちゃんの考えていたことを思い出す。ひどいこと言ってしまったと、考えてくれていた。
「どうして、こんな私を庇ってくれたの?私なんかいなくなった方が良かったのに!」
「そんな訳ないよ!私は姫乃ちゃんがいなくなったら悲しいよ!」
「うそ!私なんか……、私なんか……」
姫乃ちゃんは泣いてしまう。いつもしっかりしている姫乃ちゃんが……。信じられなかった。
「だって、姫乃ちゃん、優しいから。私が顕微鏡うまく使えなくて困っていたら優しく教えてくれたよね?その他にも、いつも助けてくれた」
「……なんなの?なんなのよ!香澄ちゃん見てるとムカつく!……自分が嫌になる!嫌いになる!」
姫乃ちゃんは、もっと泣いてしまう。
「どうして?私は、姫乃ちゃんみたいになりたいのに?勉強や運動できて、かわいくて、はっきりしてて、私にないもの全部持ってるのに?」
「……慎吾くんは、香澄ちゃんみたいな子がいいの……」
姫乃ちゃんは、私を見て呟く。
言っている意味が分からなかった。
「そんな訳ないよ。私は、ただ幼なじみなだけ……。最近まで話していなかったし、だいたい私なんて全然釣り合ってないし……」
自分で言って、悲しくなる。そう、慎吾が私を好きになる訳ないのだから……。
「だから、その態度がムカつくの!分かってるくせに!いつも慎吾くんが見ているのはだれ!気にかけているのはだれ!……香澄ちゃんが初めてスカート履いてきた日、何話しても上の空で、すごく機嫌悪かった!色付きリップ付けてきたら、一日中香澄ちゃんのことばかり見ていた!野球の応援だって、慎吾くんが誘ったんでしょう!私には、来ないでと言っていたのに!気づいているんでしょう!慎吾くんの気持ちに!」
「……あ、えーと。実は、何でスカート履くと機嫌悪いのか分からなくて……」
「はぁー?本当に分かってないの?」
姫乃ちゃんは私の顔を見て、大きくため息をつく。
「はぁ……、本当に……なんでこんな子に。……いや、こんな子だからか……。あざといのじゃなくて、女子力ゼロで頭が石でできていただけか……」
「女子力ゼロ……、頭が石……」
私は、自分の頭をコンコン叩く。確かに硬いけど、石でできているの?
「何やってるの?……本当に石頭……」
姫乃ちゃんは笑う。やっぱり、笑った顔がすごくかわいい。
「……私ね、慎吾くんのこと諦める気ないから。……でも香澄ちゃんを下げるんじゃなくて、自分を上げる。絶対に慎吾くんを振り向かせるから!」
「え!……うん」
「香澄ちゃんは、もっと自信持ちなさいよ。私、あなたの強いところ認めてるんだから!……幽霊にあんなに強く話すなんてすごいじゃない!」
「え!あ、あれは!」
「大丈夫、幽霊と親しそうに話していたなんて、話さないから。そんなこと言ったら、倒れた衝撃でおかしくなったと思われるだけだし」
「ありがとう……」
「どこまでお人好しなの……。貸しを作りたくなっただけ!」
「うん」
姫乃ちゃんのお母さんが、姫乃ちゃんを迎えに来て帰っていった。急に倒れたことから、一応病院に行くらしい。
姫乃ちゃんは幽霊の仕業だと分かっているけど、そうとは言えず、渋々病院に行くと笑っていた。
姫乃ちゃんと別れ、私は保健室を出る。
姫乃ちゃんの言っていた意味を一人考えていると、慎吾がいた。
「あ、慎吾」
「おう」
私たちは、一緒に教室に帰る。
「……みんな、幽霊だと分かっていないみたいだ。でも、言い争ったことは記憶にあるみたいだな……」
「そっか……。でもね、姫乃ちゃんは幽霊だと分かってるみたい……」
「え!」
「取り憑かれたことも分かってるみたいで……。でも、話さないと言ってたから」
「……なあ、幽霊に取り憑かれている間も記憶はあるんだよな?」
「うん、やすこちゃんに体を貸した時は聞こえていたし、記憶もあるかな?」
「……そっか……」
そう言うと、慎吾はしばらく黙り込む。
「……姫乃ちゃん、俺のこと怒っていただろう?」
「え?」
「みんなの前で……、あんなこと言ったから……。最低だよな?」
「あ!」
私は俯く。
「知ってたの?姫乃ちゃんの気持ち……?」
「あ、ああ。自惚れだと言われそうだけど、まあ、あそこまでの態度だと……」
そっか。慎吾は気づかいができる性格。気づくよね?
「だから、姫乃ちゃんが香澄にキツイのは俺のせいだった。悪かった……」
慎吾は、私を見て必死に謝ってくる。
「……どうして慎吾のせいになるの?」
「え!わ、分かるだろう!」
慎吾の顔は赤い。どうしたのだろう?
私の戸惑った表情に、慎吾は目を逸らし、別の話をしてきた。
「……よくみんなの気持ち分かったな」
「あれはちがうよ。『魔法のチーク』のおかげ!」
そう言い、私は頬を指差す。
「『魔法のチーク』は人や幽霊の心を読む力があるみたい。だから、力がなかったら、みんながひどいこと言っているだけだと思っていたと思う」
「だから、みんなの本心が分かったのか。すごい魔法……」
慎吾は突然立ち尽くす。
「どうしたの?」
「……あ、そっか。じゃあ俺の気持ちも聞いてしまったよな……。俺は……、香澄のこと……」
慎吾の顔は、より赤くなっていく。
「あー、なんか慎吾が言ってた通り、必要な魔法しか使えないみたい。今回の事件の解決のための、みんなの本心やよしおくんの気持ちは聞こえてきたけど、慎吾のは聞こえなかったの」
「へ?ほ、ほ、本当か!」
「うん、きっと人の心は魔法で知り過ぎてはいけないと言うことなんだろうね?」
「……あ、確かに、そんな形で大事な気持ちを知られてしまうのは……」
慎吾は顔を赤くして黙り込む。
「ねえ、本当にどうしたの?大丈夫?」
「なんでもない!全く、今日は熱いな!」
夏休み前の、小さな事件だった。
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