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11話 初めてのデート(1)
「黙祷」
校長先生の声で、全校児童が目を閉じる。
今日は八月九日。長崎に原子爆弾が落ちた日。
だから、長崎県の学校の児童は夏休み中でも登校し、黙祷すると決まっている。
黙祷とは、亡くなった人を弔うこと。声を出さずに、頭を少し下げ、祈りを捧げることだと先生に教えてもらった。
黙祷が終わり、校長先生の話になる。
「── よって、原爆により多くの犠牲者が出た。この学校の児童たちも多く亡くなっている。だから、過ちを繰り返してはいけない。それが亡くなった人たちへの一番の供養になるだろう」
校長先生の言葉にミヤちゃんや、よしおくんの言葉を思い出す。
『私たちのこと忘れないで』
『もう、戦争しないで』
そうだね、私たちにできることは、亡くなった人たちを忘れずに、同じ過ちを繰り返さないことなんだね。
「……だから、校長先生は怒っている」
怒った声に、聞いていた児童は驚いて顔を上げる。
「学校の中庭にある、像をだれかが壊したことだ」
その話に児童たちはざわつく。
……あれは自然に壊れたという話だったはずだと。
六月末、学校中庭にある、平和の象徴とされる像が壊されていた。
最初は、作られて時間が経っていたから壊れてしまったと思われ、私たちもそう聞いていた。
しかし、直してもらおうと業者の人に見てもらったら、硬いもので叩いて、わざと壊したと分かったらしい。
警察の人に相談したら、おそらく子供だろうと結論が出たらしい。像の壊れ具合から、そう考えられた。
「あれは、戦争が終わった時に助かった人たちが、この学校に通っていた子供の犠牲者の為に作ったものだった。この学校に通う児童は、知っていることだろう?亡くなった子供たちに、申し訳ないと思わないのかな?あの像を作った人たちはどんな気持ちだったか。一度考えて欲しい」
校長先生の話は終わる。
みんな、その話に静まり返っていた。
この学校に通う児童は、この学校が原爆投下で燃えたことも、小学生だった子供たちが亡くなったことも知っている。……だから、許されることではなかった。
黙祷、校長先生の話が終わり、私たちは下校する。
慎吾と私は、家の前で話し始める。
「今日、学校にいる間、幽霊の声聞こえた?」
「うん。みやちゃんも、やすこちゃんも、よしおくんも、来てくれてありがとう、だって」
「そっか、良かった。……何か像のこと言っていなかったか?」
「壊れた像のこと?ううん、何も言ってなかったな。あの像が壊されていたなんて、信じられない……」
「そうだな……、本当にひどい……」
慎吾は黙り込む。
「なあ、幽霊が出たとウワサになったのはいつごろだったっけ?」
「え?……そういえば、いつだっけ?」
「あの像が壊れたと聞いた、六月下旬ぐらいじゃなかったか?」
「あれ?言われてみたら!」
そういえば、それぐらいからウワサが流れ始めたような気がした。
「なあ、あの像を見に行かないか?何かあると思う。昼から、行こう!」
「うん!」
私たちは一旦家に帰り、自転車で学校に行った。
登り坂を自転車で漕げない私に合わせて、慎吾は自転車から降りて歩いてくれた。
こうして時間をかけ、学校に着き中庭に行く。
そこには、一人の男の子と、一人の幽霊がいた。
私は、その二人が誰なのかに気づき、慌てて慎吾を止めようとした。
でも、間に合わなかった。
「拓也?」
「慎吾、香澄ちゃん」
私たちに気づいた、ミヤちゃんは慌てて消える。
ごめん!せっかく二人でいたのに!慎吾は見えていないの、許してね。
「どうしたんだ?今日、練習休みだろう?」
「明日から修理らしいから……」
拓也くんは、悲しそうな表情で壊された像を見ている。
この像は、母親と子供が手を繋いで、空を見上げていた。その先は、大きな木があった。
いつもは優しい表情をしている、母親の像は悲しそうな表情をしていた。そして、子供の像はやはり怒った表情をしているように見えた。
「あ、じゃあ、また練習の時にね!」
拓也くんは、帰って行く。
「ミヤちゃん、ごめんねー!」
「……え?あ!ごめん!ジャマしてしまった!」
慎吾も気づいたみたいで、私たちはジャマしたことを心から謝る。
『ううん、ちょうど拓也くんも帰るころだったし良いの……』
そう言ってくれているけど、明らかにミヤちゃんの声は暗い。
「ねえ、拓也くんは毎日ここに来てくれていた?」
『うん、学校に来ると必ず来てくれたの。今日も来てくれて……』
拓也くんは、毎日像の所に来ていたんだ。……もしかして、みやちゃんが拓也くんを好きになったのは……。
『……あ、私はそろそろ……』
そう言い、ミヤちゃんは姿を消す。
ごめんね、ミヤちゃん!絶対泣いてるよねー!
私たちは顔を合わせて、ため息をつく。
すると、優しい風が吹き、大きな木の枝が風で揺れた。
この木は、原爆により学校が火事になっても唯一残った木だと言われている。その木は大きく、なんだか優しく、私と慎吾は、その場所にただ安らぎを感じていた。
「……どうしてここに像を建てたのかが分かるな。春は桜が咲き、夏は葉っぱが風の音を教えてくれ、秋は日当たりが良く暖かい、冬は美しい雪景色が見える。……ここが一番良い場所だったからなんだろうな」
「本当だね、一番良い場所にいて欲しかったんだね」
「……ああ、そうだな……」
慎吾は、壊れた像をじっと見ている。
「拓也は毎日、ここに来ていたんだよな?」
「うん、そうみたい」
慎吾はしばらく黙り込む。
「香澄……、なんとなく分かったよ……。おそらく幽霊たちは……」
ヒュウウウ。
一筋の風が吹いた。すると……。
「………」
「慎吾?大丈夫?慎吾?」
「え?あ?俺……」
慎吾は表情を変えて私を見てくる。
「どうしたの?何か分かったの?」
「……あ、いや、なんでもないから!」
「そう?」
なんでもないと言った慎吾だったけど、壊れた像を悲しそうな表情で見ていた。
「……帰ろうか?」
「ああ……」
誰もいない像に、私たちは手を合わせて、帰ることにした。
それから慎吾は、帰る時、一言も話さず歩いていた。
「慎吾……、大丈夫?」
「あ、悪い……」
また慎吾は黙り込む。
「じゃあ、またな……」
慎吾が一言話す。
でも、私は放っておけなかった。
「何かあったんだよね?大丈夫?」
「いや……」
慎吾は黙り込む。
「話して、お願い……」
「……あ、香澄……。あ、あのさ」
「うん」
「明日、一緒に出かけないか?」
「え?」
私は意味が分からなかった。落ち込んでいると思ったのに出かける話。慎吾が何を言いたいのかが、分からなかった。
「あ、いや、別にいいんだ!」
慎吾の顔は、なぜか赤かった。
「い、行こう!行きたい!」
私は勇気を出して言った。
「あ!うん、明日いいかな?」
「明日?練習とか大丈夫?」
「お盆前で休みだから」
「うん。……行きたい……」
「じゃあ、明日一時で良いか?」
「うん」
私たちは家の前で別れる。
顔が一気に熱くなるのが分かる。私は、家のカギを開け、二階の部屋に駆け込み、ハートのクッションを抱きしめる。
明日?どこ行こう?何しよう?
いやいやいや、その前に何着て行こう。考えないと!
私は、タンスからあらゆる服を出して鏡の前に合わせる。ちょっと、派手すぎかな?と思ったけど一番のお気に入りのピンクのワンピースを選ぶ。それに合う、シュシュ、ネックレス、イヤリング、カバン、クツ、考えたらわくわくする。
しかし、慎吾はどうして急に話さなくなったのだろう?
私は、心配になり慎吾の家に行くと決める。今の時間なら、お父さんとお母さんはまだ帰ってきていない。
部屋を出ようとしたその時。
『香澄ちゃん……』
また、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには初めて会う幽霊の女の子がいた。
『初めまして、私の名前はキヌ。学校にいる幽霊の一人なの』
「え!」
私は驚く。家まで付いてくる幽霊は初めてだった。
『学校にいる幽霊は私で終わり。でも私は人間に何かする気はないし、もう終わらせて良いと思ってるの』
「本当!」
私は安心する。もう学校で何も起こらないのだと。
『……でも一つ、お願いがあるの……。聞いてくれない?』
「え……?」
私は、その願いを聞くことにした。
次の日、私は待ち合わせ場所に行く。
「おう、香澄!」
「慎吾……」
今日の服は、ノースリーブのピンクのワンピースと呼ばれる物。それに合わせた、ピンクのふわふわのシュシュという髪かざり。首に光るネックレスというかざり。ハートのイヤリングと呼ばれる物。小さなカバンに、サンダル。
初めてのかわいい服や、かわいい物に、私は緊張していた。
「行こう」
「うん」
私たちは、買い物に行くことにした。ショッピングモールと呼ばれる、大きなお店。
そこは、服や、かばんや、くつ、雑貨などが多く売られているらしい。
私たちは、まずは一周歩き回った。
慎吾が、好きなお店があったら寄って良いと言ってくれた。けど、私は分からず、ただ歩き回るしかなかった。
見かねたのか、慎吾が私に好きそうなお店に連れて行ってくれた。
かわいい小物が売っているお店。私が今日している、髪どめみたいな物や、首に付けているネックレスという物、今日付けているリップやコスメという物が売られていた。
どれも、かわいくて、キラキラかがやいていて、私はただ嬉しかった。
慎吾はよく分からないみたいだったけど、一緒に見てくれた。でも、勧めてくる物が子供っぽくて、少し悲しかった。
すると、慎吾は何かを見つけて、笑って話してきた。
「あ、ウサウサのえんぴつや消しゴムあるぞ。家用になら使えるんじゃないか?」
「……え、これ?私、そんな子供じゃないよ……」
私は思わず、そう言ってしまった。気づいた時、慎吾は明らかに表情を変えていた。
「……そうか」
「あ、ちがうの!うん、うさぎかわいい!」
私は、慎吾から目を逸らす。全てを見透かれているように感じたから……。
「買い物はまたでいいや!出よう!」
そう言い、私たちはショッピングモールを出てくる。
「ごめんなさい!私が変なこと言ったから?」
「……君と行きたい場所があるんだ……」
「うん」
私たちは、このショッピングモールと呼ばれる場所より、もっと坂を登って行く。すると、山の頂上に来た。
ここは展望台。今日もきれいな長崎の町並みが見えた。
「きれい!」
「そうだな」
家全てが小さく見える。遠くに見える学校に、私たちの住む地域。川が流れていて、平和な町並みだった。
「……信じられないよな、こんな美しい町が一度消えたなんて……」
「……うん、一瞬のできごとだったから……」
「そっか……」
慎吾は、私の姿をただ見つめていた。
ヒュー。
山の頂上のため、風が強い。
「きゃあ!」
スカートがめくり上がり、私は慌ててスカートを抑える。
すると慎吾が、上に着ていた上着を脱ぎ、私の腰回りに括り付ける。
「……え?」
「不格好で悪いけど」
「でも、慎吾シャツだけになるし……」
「見せシャツというやつだから問題ないよ」
「……ありがとう……」
私の顔は熱くなる。ずっとこうしていたい。でも……。
太陽は、いつの間にか夕日になっていた。
……もう約束の時間。だから……。
「……私……、慎吾が好き……」
私はそう言った。
すると、また風は吹きスカートが揺れる。でも今は慎吾の服を巻いていたから、捲れなかった。
でも、慎吾は私から目を逸らす。見ないように必死なんだ。
風が止み、慎吾は私を見る。
「……ごめん」
それが慎吾の返事だった。
でも、慎吾は話を終わらせずに続ける。
「……だって君、香澄じゃないだろう?」
慎吾が真っ直ぐな目で、私を見てきた。
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