11話 初めてのデート(1)

1/1
前へ
/13ページ
次へ

11話 初めてのデート(1)

黙祷(もくとう)」  校長先生の声で、全校児童が目を閉じる。  今日は八月九日。長崎に原子爆弾(げんしばくだん)が落ちた日。  だから、長崎県の学校の児童は夏休み中でも登校し、黙祷すると決まっている。  黙祷とは、亡くなった人を弔うこと。声を出さずに、頭を少し下げ、祈りを捧げることだと先生に教えてもらった。  黙祷が終わり、校長先生の話になる。 「── よって、原爆により多くの犠牲者が出た。この学校の児童たちも多く亡くなっている。だから、過ちを繰り返してはいけない。それが亡くなった人たちへの一番の供養になるだろう」  校長先生の言葉にミヤちゃんや、よしおくんの言葉を思い出す。 『私たちのこと忘れないで』 『もう、戦争しないで』  そうだね、私たちにできることは、亡くなった人たちを忘れずに、同じ過ちを繰り返さないことなんだね。 「……だから、校長先生は怒っている」  怒った声に、聞いていた児童は驚いて顔を上げる。 「学校の中庭にある、像をだれかが壊したことだ」  その話に児童たちはざわつく。  ……あれは自然に壊れたという話だったはずだと。  六月末、学校中庭にある、平和の象徴とされる像が壊されていた。  最初は、作られて時間が経っていたから壊れてしまったと思われ、私たちもそう聞いていた。  しかし、直してもらおうと業者の人に見てもらったら、硬いもので叩いて、わざと壊したと分かったらしい。  警察の人に相談したら、おそらく子供だろうと結論が出たらしい。像の壊れ具合から、そう考えられた。 「あれは、戦争が終わった時に助かった人たちが、この学校に通っていた子供の犠牲者の為に作ったものだった。この学校に通う児童は、知っていることだろう?亡くなった子供たちに、申し訳ないと思わないのかな?あの像を作った人たちはどんな気持ちだったか。一度考えて欲しい」  校長先生の話は終わる。  みんな、その話に静まり返っていた。  この学校に通う児童は、この学校が原爆投下で燃えたことも、小学生だった子供たちが亡くなったことも知っている。……だから、許されることではなかった。  黙祷、校長先生の話が終わり、私たちは下校する。  慎吾と私は、家の前で話し始める。 「今日、学校にいる間、幽霊の声聞こえた?」 「うん。みやちゃんも、やすこちゃんも、よしおくんも、来てくれてありがとう、だって」 「そっか、良かった。……何か像のこと言っていなかったか?」 「壊れた像のこと?ううん、何も言ってなかったな。あの像が壊されていたなんて、信じられない……」 「そうだな……、本当にひどい……」  慎吾は黙り込む。 「なあ、幽霊が出たとウワサになったのはいつごろだったっけ?」 「え?……そういえば、いつだっけ?」 「あの像が壊れたと聞いた、六月下旬ぐらいじゃなかったか?」 「あれ?言われてみたら!」  そういえば、それぐらいからウワサが流れ始めたような気がした。 「なあ、あの像を見に行かないか?何かあると思う。昼から、行こう!」 「うん!」  私たちは一旦家に帰り、自転車で学校に行った。  登り坂を自転車で漕げない私に合わせて、慎吾は自転車から降りて歩いてくれた。  こうして時間をかけ、学校に着き中庭に行く。  そこには、一人の男の子と、一人の幽霊がいた。  私は、その二人が誰なのかに気づき、慌てて慎吾を止めようとした。  でも、間に合わなかった。 「拓也?」 「慎吾、香澄ちゃん」  私たちに気づいた、ミヤちゃんは慌てて消える。  ごめん!せっかく二人でいたのに!慎吾は見えていないの、許してね。 「どうしたんだ?今日、練習休みだろう?」 「明日から修理らしいから……」  拓也くんは、悲しそうな表情で壊された像を見ている。  この像は、母親と子供が手を繋いで、空を見上げていた。その先は、大きな木があった。  いつもは優しい表情をしている、母親の像は悲しそうな表情をしていた。そして、子供の像はやはり怒った表情をしているように見えた。 「あ、じゃあ、また練習の時にね!」  拓也くんは、帰って行く。 「ミヤちゃん、ごめんねー!」 「……え?あ!ごめん!ジャマしてしまった!」  慎吾も気づいたみたいで、私たちはジャマしたことを心から謝る。 『ううん、ちょうど拓也くんも帰るころだったし良いの……』  そう言ってくれているけど、明らかにミヤちゃんの声は暗い。 「ねえ、拓也くんは毎日ここに来てくれていた?」 『うん、学校に来ると必ず来てくれたの。今日も来てくれて……』  拓也くんは、毎日像の所に来ていたんだ。……もしかして、みやちゃんが拓也くんを好きになったのは……。 『……あ、私はそろそろ……』  そう言い、ミヤちゃんは姿を消す。  ごめんね、ミヤちゃん!絶対泣いてるよねー!  私たちは顔を合わせて、ため息をつく。  すると、優しい風が吹き、大きな木の枝が風で揺れた。  この木は、原爆により学校が火事になっても唯一残った木だと言われている。その木は大きく、なんだか優しく、私と慎吾は、その場所にただ安らぎを感じていた。 「……どうしてここに像を建てたのかが分かるな。春は桜が咲き、夏は葉っぱが風の音を教えてくれ、秋は日当たりが良く暖かい、冬は美しい雪景色が見える。……ここが一番良い場所だったからなんだろうな」 「本当だね、一番良い場所にいて欲しかったんだね」 「……ああ、そうだな……」  慎吾は、壊れた像をじっと見ている。 「拓也は毎日、ここに来ていたんだよな?」 「うん、そうみたい」  慎吾はしばらく黙り込む。 「香澄……、なんとなく分かったよ……。おそらく幽霊たちは……」  ヒュウウウ。  一筋の風が吹いた。すると……。 「………」 「慎吾?大丈夫?慎吾?」 「え?あ?俺……」  慎吾は表情を変えて私を見てくる。 「どうしたの?何か分かったの?」 「……あ、いや、なんでもないから!」 「そう?」  なんでもないと言った慎吾だったけど、壊れた像を悲しそうな表情で見ていた。 「……帰ろうか?」 「ああ……」  誰もいない像に、私たちは手を合わせて、帰ることにした。  それから慎吾は、帰る時、一言も話さず歩いていた。 「慎吾……、大丈夫?」 「あ、悪い……」  また慎吾は黙り込む。 「じゃあ、またな……」  慎吾が一言話す。  でも、私は放っておけなかった。 「何かあったんだよね?大丈夫?」 「いや……」  慎吾は黙り込む。 「話して、お願い……」 「……あ、香澄……。あ、あのさ」 「うん」 「明日、一緒に出かけないか?」 「え?」  私は意味が分からなかった。落ち込んでいると思ったのに出かける話。慎吾が何を言いたいのかが、分からなかった。 「あ、いや、別にいいんだ!」  慎吾の顔は、なぜか赤かった。 「い、行こう!行きたい!」  私は勇気を出して言った。 「あ!うん、明日いいかな?」 「明日?練習とか大丈夫?」 「お盆前で休みだから」 「うん。……行きたい……」 「じゃあ、明日一時で良いか?」 「うん」  私たちは家の前で別れる。  顔が一気に熱くなるのが分かる。私は、家のカギを開け、二階の部屋に駆け込み、ハートのクッションを抱きしめる。  明日?どこ行こう?何しよう?  いやいやいや、その前に何着て行こう。考えないと!  私は、タンスからあらゆる服を出して鏡の前に合わせる。ちょっと、派手すぎかな?と思ったけど一番のお気に入りのピンクのワンピースを選ぶ。それに合う、シュシュ、ネックレス、イヤリング、カバン、クツ、考えたらわくわくする。  しかし、慎吾はどうして急に話さなくなったのだろう?  私は、心配になり慎吾の家に行くと決める。今の時間なら、お父さんとお母さんはまだ帰ってきていない。  部屋を出ようとしたその時。 『香澄ちゃん……』  また、聞き覚えのある声が聞こえた。  振り返ると、そこには初めて会う幽霊の女の子がいた。 『初めまして、私の名前はキヌ。学校にいる幽霊の一人なの』 「え!」  私は驚く。家まで付いてくる幽霊は初めてだった。 『学校にいる幽霊は私で終わり。でも私は人間に何かする気はないし、もう終わらせて良いと思ってるの』 「本当!」  私は安心する。もう学校で何も起こらないのだと。 『……でも一つ、お願いがあるの……。聞いてくれない?』 「え……?」  私は、その願いを聞くことにした。  次の日、私は待ち合わせ場所に行く。 「おう、香澄!」 「慎吾……」  今日の服は、ノースリーブのピンクのワンピースと呼ばれる物。それに合わせた、ピンクのふわふわのシュシュという髪かざり。首に光るネックレスというかざり。ハートのイヤリングと呼ばれる物。小さなカバンに、サンダル。  初めてのかわいい服や、かわいい物に、私は緊張していた。 「行こう」 「うん」  私たちは、買い物に行くことにした。ショッピングモールと呼ばれる、大きなお店。  そこは、服や、かばんや、くつ、雑貨などが多く売られているらしい。  私たちは、まずは一周歩き回った。  慎吾が、好きなお店があったら寄って良いと言ってくれた。けど、私は分からず、ただ歩き回るしかなかった。  見かねたのか、慎吾が私に好きそうなお店に連れて行ってくれた。  かわいい小物が売っているお店。私が今日している、髪どめみたいな物や、首に付けているネックレスという物、今日付けているリップやコスメという物が売られていた。  どれも、かわいくて、キラキラかがやいていて、私はただ嬉しかった。  慎吾はよく分からないみたいだったけど、一緒に見てくれた。でも、勧めてくる物が子供っぽくて、少し悲しかった。  すると、慎吾は何かを見つけて、笑って話してきた。 「あ、ウサウサのえんぴつや消しゴムあるぞ。家用になら使えるんじゃないか?」 「……え、これ?私、そんな子供じゃないよ……」  私は思わず、そう言ってしまった。気づいた時、慎吾は明らかに表情を変えていた。 「……そうか」 「あ、ちがうの!うん、うさぎかわいい!」  私は、慎吾から目を逸らす。全てを見透かれているように感じたから……。 「買い物はまたでいいや!出よう!」  そう言い、私たちはショッピングモールを出てくる。 「ごめんなさい!私が変なこと言ったから?」 「……君と行きたい場所があるんだ……」 「うん」  私たちは、このショッピングモールと呼ばれる場所より、もっと坂を登って行く。すると、山の頂上に来た。  ここは展望台。今日もきれいな長崎の町並みが見えた。 「きれい!」 「そうだな」  家全てが小さく見える。遠くに見える学校に、私たちの住む地域。川が流れていて、平和な町並みだった。 「……信じられないよな、こんな美しい町が一度消えたなんて……」 「……うん、一瞬のできごとだったから……」 「そっか……」  慎吾は、私の姿をただ見つめていた。  ヒュー。  山の頂上のため、風が強い。 「きゃあ!」  スカートがめくり上がり、私は慌ててスカートを抑える。  すると慎吾が、上に着ていた上着を脱ぎ、私の腰回りに括り付ける。 「……え?」 「不格好で悪いけど」 「でも、慎吾シャツだけになるし……」 「見せシャツというやつだから問題ないよ」 「……ありがとう……」  私の顔は熱くなる。ずっとこうしていたい。でも……。  太陽は、いつの間にか夕日になっていた。  ……もう約束の時間。だから……。 「……私……、慎吾が好き……」  私はそう言った。  すると、また風は吹きスカートが揺れる。でも今は慎吾の服を巻いていたから、捲れなかった。  でも、慎吾は私から目を逸らす。見ないように必死なんだ。  風が止み、慎吾は私を見る。 「……ごめん」  それが慎吾の返事だった。  でも、慎吾は話を終わらせずに続ける。 「……だって君、香澄じゃないだろう?」  慎吾が真っ直ぐな目で、私を見てきた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加