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12話 初めてのデート(2)
「うん……。いつ気づいた?」
私は、慎吾から目を逸らす。
「……最初から不自然だった。ショッピングモールは香澄が好きな物がいっぱいある。なのに、何があっても足を止めないし、好きな物を薦めても嫌そうな顔するし、なにより『ウサウサ』のことを知らなかった。」
「『ウサウサ』って何?」
「あのうさぎのキャラクターの名前だよ。香澄は小さいころから大好きなんだ。まあ、君からしたら子供っぽいよね……」
やはり、気づかれていた……。
「いつから香澄の体借りてたの?香澄は良いと言っていた?」
「……良いと言ってた……」
「今日の服装はどっちが選んだの?」
「香澄ちゃんが選んだ服を着てきたの……」
「何か言っていなかった?」
「別に……」
「スカートを履くなら、黒くて短いズボン履いてと言われなかった?」
慎吾は私から目を逸らす。……分かっている。怒っているんだ。
「ごめんなさい!騙すようなことして!」
「別に怒ってないよ。ただ、どうしてこんなことしたの?」
慎吾は優しく聞いてくれる。
「私はデートがしてみたかった!好きな人同士がするものなんだよね?香澄ちゃんとあなたが家の前で話しているのを聞いて。だから、一日だけ香澄ちゃんに体を借りたの。ごめんなさい……」
「そっか、分かったよ。それで、スカート履く時は、黒いズボンを履くと、言ってなかった?」
「だってデートなのに!」
「香澄は、『自分の身を守ることが女の子のたしなみ』だとおばさんに言われている。俺はその考えの方が好きだな」
その言葉に、私の体は腰に巻いてある慎吾の上着を触る。
「ごめん……。少し怒ってる。体借りるなら、その体は大事にして欲しいから……」
「……慌てて隠していたもんね。ごめんなさい、人の体大事にしなくて……。香澄ちゃんの優しさにつけこんで……。勝手に大事な場面を奪ってしまった。余計なおせっかいだったな……」
そう話している間に、五時の鐘が鳴った。
「……約束の時間だ。ごめんね慎吾くん、香澄ちゃん、今日を奪って……。私、帰るね……。美しい長崎の町をあなたと見れて嬉しかった」
そう言い残し、私の体から女の子の幽霊は出て行った。
「……香澄か?」
「慎吾……、嘘ついてごめんね……」
私は体が自分の元に帰って来たと安堵と、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「何があったのか話してくれないか?」
「……昨日、慎吾と別れた後、あの子に声をかけられたの。そしたら一日だけ体を貸して欲しいと頼まれた。だからごめんなさい……」
「香澄はそれで良かったのか?」
「うん、遊びに行くどころか男の子……。ううん、同世代の異性と歩くことも許されなかったって。たとえ、兄弟や親戚だったとしても……」
「なんだよそれ!」
「そうゆうこと、厳しい時代だったらしいの……」
その話に、慎吾は私を見る。
分かる、今考えているのは私じゃない……。
「そうだったのか……。香澄が納得していたらいいんだ。……でもそれならどうして泣いているんだよ!」
慎吾の言う通り、私はいつの間にか泣いていた。
「なんでもないの」
「……香澄は前から嫌なことでも断れない性格だからな。ウサウサのぬいぐるみを欲しいと友達に言われて、あげてしまっていたこともあるし……」
「幼稚園の時の話だよ」
「嫌だっただろう?」
「……嫌だった」
「どうして?」
「大事なウサウサだったから……」
「どうしてそう言わないの?」
「だって!……だって……」
分かっている。断れない私が悪い。相手が怒るのが怖いから、嫌われるのが怖いから言えなかった……。
「優しいのは良いけど、嫌なことは嫌だと言わないといけないだろう?自分を大事にしろよ!」
「うん……」
私は涙を拭く。
「話聞いているから。今思っていること話せよ」
「でも……」
私が「うん」と言ったのに、今更嫌だったなんて言うのは……。
「あの子は学校に帰って行ったから聞いてない。大丈夫、俺は絶対あの子に話せないのだから」
慎吾は私の考えを分かっていた。
「……嫌だった。今日を譲るのは……。私、この服用意して、どのシュシュにしようかとか、カバンとか考えたりして、楽しみにしてたのに!」
私は大声で泣いてしまう。どれほど悔やんでも、今日は戻ってこない。今までもそうだった。いつも我慢して、相手の言うことばかり聞いて。……ウサウサのぬいぐるみだって大切なものだったのに……。
「これからは自分の気持ち、ちゃんと言えよ」
「うん」
私は頷いて、慎吾を見る。
「……あのね、良かったらなんだけど。だから……、また一緒に……」
私は言葉に詰まる。やっぱり急に性格は変わらないということなんだろう。
「またじゃないだろう?今度こそ行こう」
「うん!」
私たちは、そこからの景色を見る。夕日に照らされた長崎の町もやはり美しかった。
変わらず風がなびき、私のスカートを揺らす。
その都度、慎吾は慌てて目を逸らし、私はスカートを抑えて俯いていた。
「……あ!時間!」
現在、五時三十分。門限の六時まで三十分しかなかった。
「走るぞ!」
「うん!」
私たちは慌てて家に向かう。今日は長い一日だった。
それから二週間後。私はお母さんに浴衣を着せてもらっていた。
ピンクの花柄に、赤色の帯。髪もセットしてもらって、同じく赤い花柄の髪飾りをつけてもらった。
鏡に映る私はいつもの私じゃなく、すごくドキドキした。私はリップを塗り、完成させた。
「行ってきます!」
「九時に帰ってくる約束だからね!」
「はーい!」
私は下駄を履いて、赤い巾着を持って家を出る。
「お!おう!」
そこには慎吾が居た。
「ごめん、待たせた?」
「隣なんだから待つも何もないだろう?」
「……ありがとう……」
私たちは歩き出す。
慎吾は私を見ては俯く。
「何?」
「別に!」
こうして歩いていき、私たちは出店に着く。
「まだ時間あるし、何か食べるか?」
「うん、何にしようか?」
賑やかな出店前を歩く。すると……。
「……俺、ボール投げしたい」
「そうだね、慎吾上手いし……。あれ?」
私はある景品に釘告げになる。
慎吾は得意のフォームで的を次々と倒しパーフェクトを取る。
「すごーい!」
私は思わず叫ぶ。
「すごいね!この中から選びな!」
景品には、慎吾が好きなカードゲームの貴重なもの、野球ボール、ゲームソフト。
やっぱり、パーフェクトは選べる景品が違った。
「いえ、あっちの箱にあるウサウサもらえませんか?」
「これ?いいけどせっかく全部当てたのに?」
「お願いします」
「分かったよ、ほら」
慎吾はわざわざ当てる回数が少なくてももらえる箱の中の景品を選ぶ。
「これ、あったんだな」
そう言い、当たり前のように私に渡してくれる。これは、幼稚園の友だちにあげてしまい、その後は販売されず手に入れられなかった物。
まさか、こんな所にあるなんて。
「ありがとう、でもボールとか良いの?前、欲しいと言ってたよね?
「別に。他に行きたい所は?」
「苺飴!」
私は苺飴を買うけど、慎吾は買わない。甘いもの嫌いなんだって。小さい時は一緒に食べていたのにな。
私たちは河辺に来る。
今日は普段と違って人が多い。だって……。
「あまーい!」
「……付いてるぞ」
「え?あ!」
私は唇についた飴のあとを、ウエットティッシュで拭き取ろうとする。でも、上手く拭けない。
「ほら」
慎吾が私をじっと見てくる。
分かっている。唇についた飴を取ってくれているだけ。だけどやばい。心臓の音が……。
その瞬間、周りを照らしていたライトが消える。そして……。
ヒュー、ドーン!
空を大きな光が照らす。
「わあー!」
それは花火だった。今日は花火大会の日。慎吾に連れて行って欲しいと頼んだ。
慎吾と最後に来たのは一年生の時、お互いのお父さんお母さんに連れて来てもらってだった。それから少しずつ話さなくなり、一緒に花火を見に行くなんてなかった。
でも、幽霊騒動が終わったら私たちの関係はどうなるのだろう?来年は花火を一緒に見られるのかな?
そう思うと、私は花火より慎吾を見てしまう。こんなにきれいなのに、見たいのは慎吾だった。
お願い、花火終わらないで。ずっと側にいさせて。そう願っていた。
八時三十分。最後の花火が打ち上がる。
「帰るか」
「……うん」
「どうした?」
「ううん」
私は立ち上がり一緒に帰る。
周辺はすごく混んでいた。
慎吾は大きいけど、私は小さい。だから上手く動けず、はぐれてしまった。
「慎吾……」
なんだかこれは、これからの私たちみたいだった。
県大会で活躍し、野球チームのキャプテンになった慎吾。これからどんどん離れていってしまう……。
まただ。また私は泣きそうになる。いつまでもウジウジして、こんな性格大っ嫌いだ。
追いかけないと。慎吾の側に居たいなら追いかけないと!
「痛っ!」
親指と人差し指の間が擦れて血がにじむ。履き慣れない下駄に足が痛い。でも走る。そうしないと、本当に置いて行かれてしまうから。
「魔法の力がないと、私は本当に無力なんだ……」
思わずそう呟く。足の痛みは限界だった。
「香澄!」
慎吾の声が聞こえたと思ったら、私の手を掴む。
「先行ってしまって悪い。帰るぞ」
「うん」
慎吾は私の手を引っ張って歩いてくれる。手を繋ぐのなんか一年生の登校以来。私が歩くの遅かったから、副班長のお姉ちゃんと慎吾が手を繋いでくれた。
私はあの頃と一緒。小さくて、遅くて、慎吾の世話になってしまう。
……だから、せめて頑張って歩かないと……。
「香澄?どうした?」
「ううん……」
足の痛みから笑えなくなっていた。
「香澄?……あ」
慎吾が人が少ない所に私を連れて行ってくれたかと思ったら、私を背にしてかがむ。
「乗れ」
「え!いいよ!」
「チビが何言ってるんだよ?練習でメンバー背負って走ることもしてるから余裕だよ」
「……でも」
「門限九時だろう?遅くなるとおじさんが怒る。ほら」
「ごめん……」
私は、慎吾の背中に体を預ける。
「やっぱりチビだな、軽い軽い!」
慎吾は笑っている。
それに反して、私はただ顔が熱く心臓がバクバクしていた。おんぶなんて初めてだし、手を繋ぐ以上に距離が近かった。
「おじさん、今日も怒ってるよな?」
「慎吾は悪くないの」
「いや、最近になって分かってきたよ。おじさんからしたら、俺悪い虫だもんな」
「悪い虫?え?慎吾、虫なの?」
私がそう言うと、慎吾は大笑いした。
「香澄はこのままが良い。このままでいてくれ」
「……うん」
私の顔は、より熱くなる。だから空を見上げた。夜空には多数の星々。あの日、慎吾に素直になりたいと願った夜を思い出した。
……今こうしていられるのは幽霊騒動があるから。終わったら私たちは……。
私の胸は締めつけられる。
「……慎吾」
「ん?」
私は不安だったことを話すと決めた。
「……私たち、こうやって話せるようになったのは『幽霊騒動』があったからだよね。だから……、終わったら……。だから、もう終わっちゃうよね」
私は泣いてしまう。だめだ、やっぱり我慢出来なかった。
慎吾は空を見上げて、しばらく黙っている。
「なんでそうなるんだよ?そんな訳ないだろう。俺が香澄と話さなくなったのは、ほら急に、かわい……。服やら髪やら女みたいになったから!そんな香澄に野球やゲームの話してもつまらないと思ったからだ!」
歩いていた慎吾が早足になる。
「……確かにあまり分からないけど慎吾の話聞きたい……。楽しかったとか、悔しかったは分かるから」
「俺も服やテレビの話聞きたい。女の話は分からないけど、香澄がどう思ったか知りたい……」
「……うん」
私は慎吾に体を寄せる。
すると慎吾が立ち止まる。
「あ、重い?」
私は慌てて降りようとする。
「いや……、悪い。少し離れてくれないか?」
「あ、ごめん!やっぱり重いよね!」
「違う、違うから!」
そう言い、慎吾はまたゆっくり歩きだす。
「ねえ、慎吾」
「ん?」
「私ね、幽霊の男の子とゲームしてて、『どうして、となりのクラスの子にイタズラするのかを当てる』と約束しているの……」
「うん」
「驚かないの?」
「悪い、実は聞いていた。こないだ、学校の中庭の像を見に行ったよな?その時に、理由に気づいて香澄に話そうとしたら、あの子が現れて……」
そういえば、慎吾の様子があれからおかしかった。あれは、あの幽霊の男の子と話をしたからだったんだ。
「理由、香澄も気づいたんだよな?」
「うん……、今までのことをゆっくり考えたら、やっと分かったの。……あとね、慎吾は何かに守られていると感じたことはない?」
「何か……?」
「うん、なんて言うか私たちが危ない目に遭いそうな時に、何かに守ってもらっているような気がして……」
「……え?」
「私が、中庭の池にハマりそうになったり、階段から落ちそうになったり、鉄棒から落ちそうになると、優しい何かを感じて、なぜかケガしなかったの」
慎吾はまた黙り込む。ううん、考えているんだ。
「四年生の時、遠足で山に行ったよな?俺がはぐれて困っていたら、ふしぎな光を見たんだ……。その光を追ったら、香澄と合流できた……」
「え!それって!」
その先は言わなくても、分かった。
「だから、明日あの子に会ってくるね」
「香澄一人で!だめだ!俺も行く!」
「でも、これはあの子と私との約束だから!」
「分かってる!ジャマする気はない!俺は、そばにいるだけ」
「慎吾……、ありがとう」
私は、思わず慎吾に保たれてしまう。
「あ、ごめん!」
「別に!」
話している間に、私たちの家の前に着こうとする。
すると、慎吾は立ち止まった。
「どうしたの?」
「か、香澄……。今言わないと、この先も言えないような気がして……。だから、今言う!俺、香澄のことが……」
優しい風がひと吹きする。
そんな時、私は嫌な視線に気づいた。
「うわあ!」
「慎吾?大丈夫?」
「……おじさん……」
「おじさん……?慎吾の……?」
目の前には、鬼……ではなく、鬼の形相をした、私のお父さんがいた。
「何やってるんだー!」
お父さんは怒っている。門限を過ぎたからだって。
いやいや、確かに門限過ぎたのは謝るよ!でも、まだ九時一分なんだけど!
しかし、遅いと怒る。
うち、いつからそんなに厳しい家になったの!?
この後、お父さんにこってり叱られたのは、言うまでもない……。
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