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2話 魔法のリップと幽霊の男の子(2)
私は怖いけど、ゆっくり目を開けた。すると、合わせていた手のひらに小さなものがあった。
それは、ピンク色でハートの模様がいっぱいあり、細長いものだった。それが何か分かる、リップだ。
「え! どうして!」
私は部屋中を見渡すけど、当然誰もいない。
「……願いを叶えてくれたの?」
そう呟き、私は空を見上げる。
「ありがとうございます! 大事に使います!」
そう言い、私はリップのフタを開ける。
それは赤く、色付きリップだと分かる。
「色付きリップ! うそ! 欲しかったの!」
私は嬉しくて手鏡を出し、リップを塗る。
すると私の唇は赤くなり、いつもの私と違った。
「かわいいー! 今日のピンクのスカートに絶対似合っていた! ……慎吾、見てくれても良いのに……」
私はベッドにもぐり込み、無理に目を閉じる。明日は何かが変わっていることを願いながら……。
ジリジリジリジリ。
目覚まし時計の音で、ベッドから出て、昨日用意していた服を着る。
今日はラフな白色のTシャツに、デニムのズボン。
……本当はもう一着買ってもらっていた、水色のプリッツスカートを履く予定だったんだけど、やめた。
慎吾がまた見てくれなかったら、泣いてしまうぐらい辛いから……。
今日は、体育があるから髪をまとめる。後ろの高い場所に一つにまとめて、くくる。こうして、ポニーテールの完成だ。
そして、今日も最後の仕上げにリップを塗る。
今日は色付きリップの方を。
学校は口紅は禁止だけど、色付きリップは派手すぎなければ良いと決まっていた。だから、許されたオシャレを精一杯楽しむ。
「うーん、いい色にいい香りー! やっぱりオシャレ!」
私は赤く染まった唇と、甘いイチゴの香りに胸をときめかせながら、家を出て行く。
あのスカートを履けば良かった……。そう思うぐらいに……。
「おはよう!」
「あ、お姉ちゃん! 今日は大人っぽい!」
下級生の女の子たちは、私の唇を見て笑う。
やっぱり、小さくても女の子は分かる。どうして男の子は分かってくれないのだろう?
そう思っていると、すぐに慎吾と下級生の男の子たちが一緒に集合場所に来る。
来たけど、慎吾は見向きもしてくれない。
一度でいいから私をしっかり見て、一言かわいいと言って欲しい。
……分かってる。そんなのわがままだよね?
スカートを履いて来なくて良かった。
もし履いて来ていたのに、それにも見向きしてくれなかったら、やっぱり泣いてしまっていたかもしれない。
そう思いながら学校まで歩いていた。
「じゃあ、また明日ね」
学校に着き、私たちは下級生と離れ、三階の教室に向かって行く。
すると、慎吾は珍しく私の方を見てくれる。
「……何?」
私の胸がドキドキする。階段を登っているのだけが原因ではない。体全てが熱かった。
「……お前さ……」
慎吾が話そうとしてくれた、その時。
「うわあー! 化け物ー! 許してくれよ!」
私たちの間をすり抜け、男の子が階段を勢いよく降りて行く。
「おい、階段は走って降りるな! 危ないぞ! ……先に行っててくれ!」
慎吾はそう言い、走って行った男の子を追いかける。
優しい慎吾は、友達じゃなくても放っておけない性格。そして私はそんな慎吾だから好きになった……。
「慎吾!」
私も追いかける。昨日は怖くて逃げてしまったけど、今日は逃げたくなかった。
だけど、私は足が遅くて、あの男の子にも慎吾にも追いつけない。
完全に見失い、学校を歩き回ると、私は靴箱の前にいた。
周りには、登校してくる児童たち。
いつもの風景だったけど、突然、ある声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声が……。
『よくも壊したな』
『許さない! 僕は君たちを許さない』
その声は小さく、冷たく、怒っているのがよく分かった。
「うわあ、ごめんなさい! 許してー!」
後ろから、昨日とは別の男の子が走ってくる。……もしかして、今聞こえた声が聞こえているの?
そんなこと言われて追いかけられたら、誰だって怖いよね?
「やめて! どうして、そんなひどいことするの!」
私は、気づいたら叫んでいた。
『……こりゃ驚いた。君、僕の存在が分かるの?』
目の前に誰もいないのに声が聞こえる。
いや、正確には周りにいる子たちは、みんなピクリとも動かなくなっていた。
さっきまで、普通に動いて話をしていたのに。
私は二つの意味で怖くなった。
「あ、あなた誰! どうして目の前にいないのに、声が聞こえるの! みんな、どうして止まったの!あなた、何かしたの! 何のために!」
私は怖くて、また泣いてしまった。
『……やれやれ、霊感あるのかと思ったけど、ただの貰い物の力か……。僕のこと見えてもないみたいだし、魔力もなさそうだね?』
その声は笑っていた。
「魔力……?」
「魔法の力のことだよ。君は霊力も魔力も持っておらず、あるのは貰い物の力だけ。そんなことで、僕たち幽霊に勝てると思う?」
「幽霊……、本当に?」
私の声は震えていた。
『知らずに止めにきていたの? だって君、今まで僕たちの存在に気づいていなかっただろう? それは、人間は幽霊の姿も声も認識できないからだよ。そして、今僕が見えないのは霊感も魔力もないから。君は無力なんだよ?』
「でも、私はあなたの声が聞こえている!」
声を振り絞って言った。
『だから、それは「貰い物の力」のおかげなんだって! 君の力じゃない!』
次の瞬間、私が背負っていたランドセルから勝手にポーチが出てきて、色付きリップが空に浮く。
「え! うそ! お、お、おばけぇぇ!」
私はあまりにも現実離れしたことに、泣き叫んでしまう。
『……幽霊だって……。今、僕は手を使わずにこれを取り出している。それが魔法だよ。まあ、力のない君には、何も見えていないだろうけどね』
自分を幽霊だと言う男の子は、そう呟く。
『これが魔法の源か。……あいつも余計なことを。こんな物、壊してやる』
「やめて! これは大事な物なの!」
私は、取り返そうとジャンプするけど、手が届かないところに、色付きリップは浮いている。
『やめて? 大事な物? 君たち人間が先に壊したくせに?』
「何を?」
『本当に分からないのか……。じゃあ引っ込んでいてくれ!』
「あの男の子に何する気?」
『……さあ、どうしてやろうかな……?』
その声は笑っていた。
「もうやめて!」
『別に、お前には何もしないから良いだろう?』
「いや!もう誰もひどい目にあって欲しくない!」
『……は?』
そう言うと、幽霊はしばらく黙っていた。
『……やめる条件は二つある。あんたがそれをやり遂げたら、やめてやるよ』
「条件……?」
『一つ、この学校には僕以外にも、幽霊がいる。その幽霊たちは、僕と同じで人間に何をするか分からない』
「何かって何!」
『言うわけないだろう?それを止めること』
「……そんな」
背筋が凍る。そんなこと、私にできるのだろうか……。
『……二つ、吉田香澄……。あんたが、「なぜ僕がこんなことをしているか」を当てたら、やめてあげる』
「……え?」
意味が分からなかった。イタズラに理由?怖がる人間をおもしろがっているからでしょう?
『……それがあんたの考えか……。期待した僕がバカだった……。こんな物、壊してやるよ! もう僕のジャマできないように!』
姿は見えないけど、怒っているのは分かった。
「待って! 分かった! 私が幽霊を止める! ……あなたが、どうしてこんなことをするのかを考える! だから、こんなことはやめて!」
『出まかせじゃないだろうな?』
「……本心だよ! 私はあなたの気持ちが知りたい!だから……」
私は本当にそう思っていた。
『よし! じゃあ、僕と君とのゲームを始めよう。言っておくけど、幽霊にケンカを売るんだ!何されるか、分からないからね?』
「え! ……あ」
『幽霊と君との戦いの始まりだね。楽しみにしているよ……』
色付きリップが手元に戻って来たかと思ったら、幽霊の声は聞こえなくなった。
そして周りを見渡したら、みんな何ごともなく動いていた。
叫びながら逃げていた男の子は、その場に座り込み泣いていた。
そんな男の子を、駆けつた慎吾が優しくなだめている。
……幽霊と戦う……。
私はとんでもない約束をしてしまったのではないか?泣いている男の子を見て、思うのだった。
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