3話 魔法のアイシャドウと初恋の彼(1)

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3話 魔法のアイシャドウと初恋の彼(1)

「今日はこれで良いよね!」  今日はピンクのゆるふわTシャツ、ベルトを横に垂らした短パン。  体育はないため髪を下ろしたままにする。  そして最後に、あの色付きリップを使って完成だ。  私は集合場所に走る。  幽霊の声が聞こえて一週間。  あれから、第一小学校では何も起きていなかった。  もしかして、このまま何もないんじゃないかな?  そう願い登校したけど、私が知らない所で事件は始まっていた。  教室に行く為に慎吾と歩いていると、慎吾がとなりのクラスをチラッと見て、すぐ目を逸らしていた。  私は、慎吾が何を考えているのかが分かる。  となりのクラスの男の子たちを心配しているのだろう。  幽霊を見た、声を聞いた、追いかけられたと言っていた子たちは、学校で幽霊に対面していることから、学校に来ることが怖くなり不登校になったらしい。  事態(じたい)深刻(しんこく)だった。  確かに、そんなことされたらトラウマだろう。  正直、私もすごく怖い。  あの時は声が聞こえてきただけだけど、もし姿が見えて追いかけられたら……。考えただけでゾッとする。  そう思いながら、教室に着いた。すると……。 「慎吾、大丈夫?」  慎吾の元に、友だちが集まる。 「拓也(たくや)!昨日は、驚かせて悪かったな。もう大丈夫だ!ほら!」  慎吾は右手首を友だちに見せている。  どうしたのだろう? 「本当に大丈夫?昨日、かなり痛そうだったけど……?」 「こう続くとな……、(たた)られているんじゃないか?」 「学校にいる幽霊のせいじゃないだろな?」  慎吾を囲む友達たちは、不安そうな表情で話していく。 「……幽霊……」  私は思わず、呟いてしまう。  実はあの日以来、私は幽霊の声が聞こえない。  あの色付きリップに、ふしぎな力があることは分かっているから毎日付けているし、校内の見回りもしっかりしている。  でも、やはり聞こえないのだ。 「次は、慎吾が狙われるんじゃないよな!」  その言葉に、私は思わず慎吾を見る。 「だってよ、昨日で三回目だぜ?絶対おかしいって!」 「大丈夫だ!幽霊なんている訳ないだろう?偶然だよ。ただ、悪い流れは連鎖(れんさ)するから気を付けないとな!」  慎吾は笑っている。  ……でも私には分かる。無理して笑っていると。ずっと見てきたんだから……。 「とにかく気をつけてよ!本当に心配なんだから!」 「大丈夫だって!明日は決勝戦(けっしょうせん)!絶対、ホームラン打つから!今年こそ、長崎(ながさき)市代表として県大会出場しような!六年生は、最後の試合だし!」 「あ、いや、僕は慎吾のことが心配で……。テーピングも、しとかないとだめだよ!保健室行こう!」  そう言った拓也くんは、慎吾を保健室に連れて行く。普段、穏やかな拓也くんが無理に慎吾を引っ張って行ったのだ。  その姿に、本当に心配しているのだろうと分かる。  慎吾と拓也くんは、三年生から野球のスポーツ少年団に入団し、放課後(ほうかご)も土日も練習に通っていた。  その成果か慎吾は上手く、五年生でレギュラーとして試合に出ていた。  もし慎吾がケガをしたら……。考えただけで辛くなった。  一日の授業が終わり、下校時刻になる。  登校は全学年でするけど、下校時間は下級生と上級生では違う。  そのため、登校の時のメンバーではない。  今日六時間授業なのは、五、六年生だけ。  だから臨時の班を作り、みんなで下校する。  私と慎吾の家は、学校から一番遠い地区。  一人、また一人と班から抜けて行き、最後に私たち二人になる。  週に二度の二人だけの下校時間。  でも私たちは、あまり話さない。いや、話せない。  中学年になった頃から、慎吾の野球やゲームやテレビの話。私の服やテレビの話が合わなくなった。  こうして、たがいに少しずつ話さなくなっていった。  久しぶりに話したら、慎吾は私を「お前」と呼ぶようになって、「香澄」と名前で呼んでくれなくなっていた。 「……手首、大丈夫?」  勇気を出して話しかける。 「別に。拓也が心配性なだけだから。……あいつも、人のことばかりじゃなくて自分のことも考えたら良いのに……」 「どうゆうこと?」 「友だちのことを考えすぎているってこと。もし俺のケガがひどかったら試合出れないだろう? その場合、出れるのは拓也なんだよ! それなのに、俺が大丈夫なことに喜ぶなんて性格良すぎだろう! テーピングした方が良いとか言って保健室連れて行くし、本当に良いやつ過ぎて……」  慎吾は黙り込む。 「……ケガ、前からしていたの?どうゆう状況だったの?」 「ああ、ランニング中に転けた……。それだけだよ」 「他には?」 「ボールが足に当たった」 「え!」  思わず、大きな声が出る。 「よくあることだから」 「じゃあ昨日は?」 「ボールを取ろうとして飛び込んだら、着地に失敗してな」 「え!危ないよ!」 「いつもやってるし、よくあることだから」 「そんな……。ねえ、明日試合に行くのやめた方が良いんじゃない? またケガするよ!」 「明日は大事な試合なんだ! そんな訳にいかない! ……拓也の為にも!」 「拓也くん?」 「……あ、拓也は俺の活躍(かつやく)を期待してくれているんだ! 自分のことより俺の活躍を……。だから絶対ホームラン打つから!」 「……慎吾……、でも」  話している間に、家に着く。 「大丈夫、俺は絶対ケガしない!じゃあ、また来週な」 「うん。……気をつけてね……」 「お前まで心配性だな!大丈夫だって言ってるだろう!」  私たちは家の前で別れる。  私は渡されている鍵で家に入る。  お父さんお母さんは仕事に行っていて、帰って来るのが遅い。  私は宿題もせず、ただ慎吾のことばかり考えていた。  夜、空を見上げる。  空には無数(むすう)星々(ほしぼし)今日もきれいに(かがや)いていた。 「……私、最低だよね? 頑張っている慎吾に、試合に行かない方が良いなんて言って……」  私は、星からもらった色付きリップを見る。  結局、私は化粧をしても変わらない……。みんなを助けることも、頑張っている慎吾を応援することも、素直になることもできない。  ごめんなさい、せっかくリップを送ってくれたのに……。  私は美しすぎる星々に、涙が止まらなくなった。
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