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5話 魔法のアイシャドウと初恋の彼(3)
── 星の精霊さん……。正直に言います。私は幽霊たちの声が聞こえなかったんじゃない、聞かなかっただけです。……怖かったから。だけど私はもう逃げません!お願いします、力を貸して下さい!
すると次の瞬間、甘い香りがしたかと思ったら私の体は浮いた。
そして、すごいスピードで慎吾の元に飛んで行ったかと思ったら、私は慎吾を空中で受け止め、地面に着地していた。
まるで鳥が空を飛んだかのように……。
「……香澄!」
慎吾は驚いた表情で私を見ていた。
『……あ!』
その声と共に、慎吾の体からスッと何かが出てきた。
さっき見えた半とうめいの女の子。幽霊が出てきたと分かった。
その小さな幽霊は、私が見えていることに驚き、震えていた。
── 幽霊と戦う
そう決めていたけど、それはちがう。
星の精霊さんは、「この子も苦しんでいる」と言っていた。
この子は、ずっと苦しんでいたんだ。だから私は話を聞きたい。
……だって私が、勝手に幽霊を怖がって、聞かないようにしてきたのだから……。
「お願い、私と話をして!」
『え?』
女の子の幽霊は私を見て驚いた表情を見せ、慎吾を見て、泣き出した。
『ごめんなさい……。本当にごめんなさい……』
その様子から後悔しているのだと分かる。
「どうしてこんなことを?」
『……た、ただの気まぐれ!私、幽霊だし、イタズラしたかっただけだから!だから、地獄に落ちていいよ!』
「地獄?」
『うん。悪いことした霊は地獄に行くの!人間が地獄に堕ちろと念じたら、私は地獄に……。だから、念じて!』
「うそ!気まぐれなんかじゃない!理由あるよね?」
『ちがう!だから早く念じて!』
女の子の霊は震えている。地獄が怖いのだと、よく分かった。
「……拓也のためか?」
慎吾は、私が見ている方に話しかける。
『え!ち、ちがう!拓也くんは関係ないの!私が勝手に……!あ……』
女の子の幽霊は、慎吾から目をそらす。
その言葉に、昨日、慎吾が言っていたことを思い出す。
慎吾がケガをしたら、レギュラーは拓也くんだと言っていたことを。
「……そうゆうことだったんだね」
『ちがう!ちがうの!』
女の子の幽霊は認めない。
拓也くんのせいにならないように必死になっている。……好きなんだね……。
認めない幽霊の女の子。その存在に気づいた慎吾は話し始める。
「拓也は悪くない。分かっているから話してくれないかな?俺は君の声は聞こえていないから、安心して香澄に話して欲しい。話しにくいだろうし、あっち行ってるから」
そう言い、慎吾は周りの人たちが動かない姿に驚くことなく、離れようとする。
『待って!ちゃんと理由を言って慎吾くんに謝りたい!……そう、伝えてくれないかな?』
「うん、分かった」
私は慎吾を止める。
慎吾は、女の子の幽霊の声が聞こえない。だから、私が二人を繋ぐことにした。
『……ごめんなさい!私、拓也くんに大会に出て欲しくて……。だから慎吾くんがケガしたらと思って……』
私はありのままを慎吾に伝える。
「そっか……。分かった、もういいよ」
そう言う慎吾は笑っていた。
『怒らないの?』
私は代わりに聞く。
「怒らないよ。確かに、大事な夏の大会だし、拓也いいやつだもんな。気持ち分かるから」
『ケガさせたのに?階段から落とすことまでしたのに?』
私はありのままを伝える。
「転けたのも、ボールが当たったのも、階段から落ちたのも俺がしたことだ。だから気にしなくて良いよ」
『ちがう!私があなたに取り憑いてしたことなの!取り憑いたら人間を自由に動かせる!だから私は……、地獄に堕ちないといけないの……』
私はその言葉は伝えられなかった。
さすがにそんなことを聞いて許せる人なんていない。そう、思ったからだ。
しかし、私の顔を見た慎吾は、ただ笑う。
「だから気にしなくて良い。もうやらないと分かっているから。拓也頑張っているしな……。頼む、あいつに任せてくれないか?夏の大会が終わったら、次はポジション争いになるけど、あいつの実力なら俺なんか越すと思う。俺たちは正々堂々と戦いたいから」
『正々……堂々』
女の子の幽霊は黙り込む。
『もし慎吾くんがケガしたことで大会に出られたら、拓也くん喜ぶかな……?』
女の子の幽霊はそう呟き、私を見てくる。
私に意見を求めていると分かった。
「ううん、悲しむと思う。慎吾のこと心配していたし、それに友だちがケガしたことで大会に出れて嬉しいかな?」
『……あ。そうだよね……』
「だから、これからは見守ってくれない?」
『これから……。』
「うん、ここで」
『でも……』
女の子の幽霊は、慎吾を見る。
「俺が許してるんだから、もういいよ。拓也のこと見守ってくれないか?」
慎吾は優しく笑いかける。
『……うん、これからは見守るね。拓也くんが自分の力でピッチャーのポジションを取ることを……』
幽霊の女の子は、泣いて、そう話す。
『……優しい魔法をありがとう。他の幽霊たちも、この優しさで救って欲しいの。本当はみんな優しいの……。私、みんなにやめようと話すね』
「お願い!」
私は幽霊の女の子に頼む。
『……ねえ、私も香澄ちゃんのお手伝いさせてもらえないかな?魔法なら任せて!』
「本当!ありがとう!魔法、使えるんだ!」
『うん、幽霊は使えるよ。だから魔法が必要な時は私を呼んでね。……私は「ミヤ」と言う名前なの』
「みやちゃん、ありがとう!」
『慎吾くん、香澄ちゃん、ありがとう……』
そう言い残し、目の前の女の子の幽霊は消えた。
「成仏したのか?」
慎吾が聞いてくる。
「ううん、あの感じだと違うと思う。きっと近くに家があって、幽霊たちがみんな一緒にいるんじゃないかな?」
「家?……そっか。幽霊にも友達や家族がいるもんな」
「うん」
慎吾は私の顔をじっと見てくる。私が見返すと慎吾は目をそらす。
「何?」
「……あ、いや。香澄が言っていた通り、大会に来なければ良かったなと思ってな……」
「そんな!……私こそごめん、慎吾の頑張りを否定すること言って……」
「ううん。助けてくれて、ありがとうな」
「うん」
「……今回のこと、拓也に言わないでおこうな」
「うん、あの子は優しい拓也くんだったから好きになった。その拓也くんが、グラウンドで頑張っている姿をいつも見ていた。……だからその成果を、夏の大会で出して欲しかった。例え自分の手を汚すことになっても……」
「そうだな……、純粋な子だったから……」
慎吾はそう言うと、落ちてしまった階段の上部を見る。
変わらず時が止まっており、階段から落ちた慎吾をみんなが驚いた表情で見ている。
「さっきの力は何だ?空を飛んでいたよな?」
多分、星の精霊さんが助けてくれたのだと思った。
でも誰かに話して良いのかが分からず、慎吾に話せなかった。
「分かった、話せる範囲で良いから話して」
「うん。ある人から『幽霊たちを止めて欲しい』と頼まれていて、今日は、慎吾が危ないと聞いて来たの」
「そうだったのか。こないだ、幽霊に怖がって逃げていた、となりのクラスの男子を助けたのも香澄なのか?」
「分からないけど、あの時も幽霊と話をしたの」
「霊感あるのか!」
「ううん、貰い物の力なの」
私は慎吾に、リップは幽霊の声が聞こえる。アイシャドウは幽霊が見えるみたいだと話す。
「空を飛んだのは?」
「分からないの。……そういえば甘い香りがしたら、体が浮いた感覚がしたかな?」
「甘い香り?……確かにするな」
慎吾が私に近づき、そうつぶやく。
それに対し、私の顔は一気に熱くなり、心臓はバクバク音がした。
「この時間を止めているのは?」
「へ?あ、分からないな……」
「……香澄?顔が赤いけど大丈夫か?無理しているとか……!」
「大丈夫だから!」
私はこれ以上慎吾に近づかれたら、心臓の音を聞かれるような気がして、慌てて離れた。
「……悪い」
「そうじゃなくて!」
私たちは黙ってしまう。
「……香澄は、これからも幽霊を止めるのか?」
「うん、そのつもりだよ」
「危なくないか?狙われるだろう!」
確かに、幽霊は人間に憑依して行動をコントロールできると知ってしまった。
……怖い、でもやる!みんなを守りたいから!
戦うのではなく、幽霊と分かり合いたいから。
「幽霊たちは、何を目的にしているんだ?」
「……分からないの」
「そうか……」
── なぜ、となりのクラスの男の子にひどいことをするのかを当てる。
あの男の子の幽霊と約束している。
でもそれは、私が考えないといけないと思ったから、慎吾には話さなかった。
「手伝わせてもらえないか?」
「だめ!危ない目に遭うから!」
「それは香澄もだろう?知った以上放っておけない!」
……そうだよね、私が頼りないからだよね?
「ごめんなさい……。私ができないから、いつも慎吾に迷惑かける……。登校班だって、今回のことだって……」
また私は泣きそうになる。
「ちがう!俺は心配で言っているだけだ!大体な、香澄は自信なさすぎなんだよ!俺は香澄の良さ、分かってるから!」
「え?」
溢ふれそうになった涙は引っ込んだ。
「登校班だって、香澄が後ろにいてくれるから俺は安心して前を歩ける!香澄を信じているから!だから今度は俺が香澄の後ろにいる!いざという時は守るから!」
慎吾は、一生懸命な顔で言ってくれた。
「……久しぶりに香澄と呼んでくれたね」
私は抑えられない感情を、慎吾にぶつける。
「そうか?」
「いつも『お前』ばかりだったじゃない?顔も見てくれないし……」
「それは香澄がオシャレして……。低学年の頃みたいにいくかよ!最近スカートなんか履いてたし!」
「え?……スカート見てくれた?」
「短すぎるだろ!誰かに見られたら、どうするんだ!」
慎吾は突然怒り出す。
「え?見せパン、履いてるから大丈夫だよ」
「見せパン!見せるなよ!」
慎吾は、余計に怒り出す。
「スパッツだよ!下着の上に履くの!お母さんが履きなさいって!暑いから、嫌なんだけどね」
「……なんだ、そうなのかよ!」
慎吾は、ヘナヘナと座り込む。
急に怒ったり、力抜けたり、どうしたのだろう?
「自分の身を守るのも『女の子の嗜み』なんだって。どうゆうことなんだろう?」
「……俺、おばさんの言ってる意味分かる!」
「え!何?」
「教えない」
「どうして?スカート嫌?」
私は下を向いてしまう。
「ちがうから!ちゃんとスパッツ履けよ!」
「意味分からない!」
慎吾はブスッとして横を向く。その顔は赤かった。
「……なあ」
慎吾は、私を見つめて黙る。
「何?」
私の顔まで赤くなる。今、動いているのは私と慎吾だけ、今なら言える。
「……ねえ、慎吾……」
「いや、香澄大丈夫か?」
慎吾が、私にまた近づいてくる。
「大丈夫……、何?」
ドクンドクンドクン……。
心臓が強く鳴り響いていた。
「今、時間動いて大丈夫か?パジャマだけど……」
その言葉に、私はおそるおそる下を向く。
その格好は、夏用の半袖短パンのうさぎのピンクのパジャマ。
幼稚園児から低学年ぐらいの子に人気の、「ウサウサ」という、かわいいキャラクターに私は恥ずかしくなる。
「きゃあー!」
私は恥ずかしさから、木の影に隠れた。
「いやいや、ウサウサかわいいと思うけど!」
慎吾は、精一杯のフォローをしてくれた。
……最悪!こうゆう服は普段着れないから、パジャマで我慢していたのに!
それを見ていた慎吾は、近くに置いてあった自分のカバンから袋を出す。そしてそれを、私に渡してくれた。
「ほら、服。反対向いてるから!」
「どうして、持って来ているの?」
「……別に、なんとなくだから」
「ありがとう……。絶対、こっち見ないでよ!」
「当たり前だろ!」
私は、慎吾の背中の後ろで慌てて着替える。
……いつも泥だらけで帰ってくるのに?今日はどうして着替えがあるの?
そう疑問に思い、慎吾に話しかける。
「ぷっ!ブカブカ!」
真剣な私をよそに、慎吾は大笑いする。
「うるさーい!慎吾が大きすぎるの!……ねえ、この着替えどうして持っているの?」
「だからなんとなく……」
慎吾は明らかに目をそらす。……もしかして……。
「……ねえ、もしかして慎吾は今日もケガするかもしれないと考えていた?病院に行くことになったら、着替えて帰ってくるつもりだったんじゃないの?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
明らかに目が泳いでいる。やっぱりそうだったんだ。
「拓也くんのため?」
「まさか!」
「やめてよ!慎吾がケガしたら私は……!」
私は、思わず慎吾の両手を握って見つめる。
「……香澄」
私たちは、たがいに見つめ合っていた。
「……慎吾、あのね、私は慎吾のこと……」
「好き」と言おうとした瞬間、時間は元に戻った。
「慎吾!大丈夫か!……あれ?」
「慎吾!……なんでここにいるんだ?」
心配した監督、コーチ、チームメンバーが一斉に階段から降りてくる。
「……え?いや、なんでだろう?」
慎吾はごまかすのが下手で、明らかに目をそらしていた。
「……何やってるんだ?」
そう言われて気づく、私は慎吾の手を握ったままだった。
「わ!」
「きゃあ!」
慌てて、手を離す。
「とにかく無事で良かった!……君が助けてくれたの?」
監督と呼ばれる、大人の人に話しかけられる。
「ち、違います!ただの通りすがりです!か、帰ります!」
「そうかい?……良かったら試合の応援に来てくれないかな?慎吾、今日はホームラン打つと言っているからな!」
「か、監督!」
慎吾は慌てている。
「モチベーションが高い方が良いからな!じゃあお嬢さん、十時からだから、もし都合が合えば来てやってくれ。さあ、慎吾、練習再開だ!」
「はい!」
慎吾は練習に戻ろうと駆け出したけど、私の元に戻ってくる。
「……香澄、来てくれよ」
「え?本当に良いの?」
「……ホームラン打つから」
「もう危ないこと、考えないならね」
「考えない。だから来てくれよ」
「うん!」
慎吾は私に笑いかけ、練習に戻ろうと走って行く。
「香澄ー!パジャマで来るくらい慌てて来てくれて、ありがとうなー!この服で来いよ!」
そう叫びながら。
「うるさーい!大きすぎるでしょうー!」
私も笑って叫ぶ。
私は無造作に乗り捨ててしまった自転車を慌てて直す。
「ごめんね」
思わずつぶやく。
普段なら、絶対そんな乱暴な扱いはしない。
それほど慌てていたんだな、と思いながら傷がないか確認する。
良かった、傷はない。私は自転車を漕ぎ始める。
でも、帰りも途中まで上り坂であり、自転車から降りて押す。
ふっと空を見る。
今日は雲一つない快晴で、まぶしい太陽が強く照らす。
……まるで私の心のようだ。
「帽子持って行かないとね!」
私は思わずつぶやく。
ありがとう、星の精霊さん。一つ願い叶ったよ。今日の夜、話すから聞いてね。
すると、次は下り坂に来た。
私は自転車に乗り、一気に坂道を降りていく。
風が気持ちよく、太陽が、青空が、長崎の町並みが、過ぎていく景色が、全てが美しかった。
見上げた青空は、どこまでも続いていた。
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