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6話 魔法のマニキュアと火事騒動(1)
「『よくも、壊したな』と幽霊は言っていたんだな?」
「うん」
私は慎吾に、今回の始まりである幽霊の男の子との初めて関わりについて話す。
「壊した?何を?学校の備品か?」
慎吾は真剣に考えている。
私は昨日、あの幽霊の男の子に、慎吾に協力を頼んでいいかを聞いている。
「確かに、君では頼りないから別に良いよ」
それが、あの幽霊の男の子の返事だった。
ただ、なぜ、となりのクラスの男の子たちに嫌がらせをするか、は私が考えて答えないといけないと言われている。
私と、あの男の子とのゲームは慎吾には話さないと決めていた。
そして、私は「幽霊と戦う気はない。話し合いたい」と頼んだけど、それは聞き入れてもらえなかった。
でも、私は考えを変えるつもりはない。次の幽霊とも、戦うのではなく、話し合いたいと考えていた。
「……香澄?」
「何?」
「どうした?」
「なんでもないよ!」
私は、不安な気持ちが顔に出てしまう。
「何か隠しているだろう?」
「ちがうよ」
「香澄の隠しごとなんて、分かるから!」
慎吾は私を真っ直ぐな目で見てくる。
「……あ」
私も慎吾を見つめる。
コンコンコン。
部屋のノック音で、また現実に戻る。
今、私たちがいたのは、私の部屋。二人きりだったけど、日曜日だから、お父さんもお母さんも家にいた。
「香澄ー!」
「またお父さん!何度目ー?」
私は怒る。だって、慎吾が私の部屋に来て三十分もたたないのに、三回も部屋にくるんだよ。十分おきにくるんだよ。もう、落ち着いて話もできないよ!
「……いや、ジュースのおかわりは?」
「いらないよ!」
私は怒って話す。
そこに、お母さんも私の部屋がある二階に上がってきた。
「もうお父さん。昨日の大会の、祝杯をあげているんだからジャマしないの!」
「なんで二人で!香澄の部屋で!低学年のころならともかく、もう五年生なんだぞ!」
「ごめんね親バカで!ゆっくりしていってね!」
お母さんはそう言いながら、お父さんを下に連れて行く。
「もうお父さん!」
私は恥ずかしさから、ただ頬を赤らめる。
だいたい、低学年のころは良くて、五年生はだめって意味分からない!普通、逆じゃないの?
「香澄のおじさん、幼稚園の時は優しかったのに、いつから俺を見ると怒るようになったんだ?俺、何かしたんだよな?教えてくれないか?」
「ちがう、慎吾は悪くないよ!」
「……え?いや、怒ってる……よな?」
……ごめん。私が二年生の時に、「慎吾のお嫁さんになりたい」とお父さんに言ったから……。
慎吾に絶対言えないな……。
「そろそろ帰るな」
「え!もう?」
「ああ、おじさんをこれ以上怒らせるわけにはいかないからな。……謝っておいてくれないか?」
「だから慎吾のせいじゃないよ」
「はは、ありがとうな。じゃあ明日から学校で。……絶対危ないことするなよ」
「うん。あ、服ありがとう」
私は、昨日慎吾から借りた服を返す。
「ぷっ、ブカブカ思い出した!」
「笑うなー!」
私たちは、昔みたいにこんな軽口言い合える仲になった。
次の日は月曜日。
学校に行く前に、私は鏡の前に立つ。
今日は、白いフワッとしたシャツに、こないだ履かなかった水色のスカートを合わせる。もちろん、見せパンを履くのを忘れずに。
「行ってきまーす!」
私は家を出て行き、坂を登っていく。
見上げたら青空に、大きな入道雲まさに、夏空だった。
学校に着き、慎吾と階段を登る。一緒で嬉しいのだけど、私は落ち着かない。
「……どうした?」
「あ、うん。なんか、誰かに見られている気がして……」
「幽霊か?」
「たぶん」
「あいしゃどう?だっけ?それで見えないのか?」
「あ、ほら、学校で化粧はだめだから……」
「あ、そっか!」
「『魔法のリップ』だけは塗ってきたから。話ができたらいいかなと思って。アイシャドウと、新たなコスメはポーチに入れてきたから」
「新たなコスメ?なんだよ?」
「あ、今日ね、朝目が覚めたら握っていたの。たぶん、必要だと思って送ってくれたのだと思う」
「何だよ、それ?」
「えへへ、それはね……!」
私が話そうとした時。
「おはよう、慎吾くん!」
後ろから、かわいい声が聞こえてきた。
その声に、私の心はざわつく。
「あ、姫乃ちゃん」
「姫乃で良いって!それより、ホームラン打ったんだって!すごーい!」
「ありがとう」
「ねえねえ、話聞かせて!」
そう言い、姫乃ちゃんは慎吾の腕を両手で握り顔を寄せる。
私には絶対できないことを、姫乃ちゃんは簡単にしている。
「うん、でも俺だけじゃなくて、拓也が打ったことによって、良い流れができて……」
慎吾はさりげなく、姫乃ちゃんから離れ、話をする。
こうしている間に教室に着いてしまう。
慎吾は、私を気にかけてくれるけど、私からしたらいつもの光景。いまさら、傷つくことなんて……。
……ううん、心にうそついた。本当は、今も傷ついている。
でも、私は姫乃ちゃんみたいにかわいくないし、積極的に話せもしない。だから仕方がないよね。
「慎吾!ホームラン打ったんだってな!」
慎吾の友だちが、慎吾を見るなり話しかける。
「ああ!長崎市、代表決定だ!」
「本当にすごいよ、慎吾は!」
拓也くんも慎吾をほめる。拓也くんも試合で活躍したのに、本当に優しい性格だ。
「何言ってるんだよ!拓也がピンチヒッターで打っただろう!それが逆転のキッカケだった!いやー、あの女の子も喜んでるよ!」
慎吾は嬉しそうに話す。
……ちょっと待って。最後の言葉はまずいよ!
「あの女の子?だれ?」
拓也くんは、首を傾げる。
慎吾ー!
私は心の中で叫ぶ。絶対、幽霊の「みやちゃん」のことは言っちゃだめなのにー!
慎吾は困った顔で私を見る。
そして私は、慎吾を見て首を横に振る。
「……え?あ……、か、香澄だ!」
私ー!
心の中で絶叫する。
「香澄ちゃん?あ、うん、そうだね。でも僕より慎吾の活躍の方がうれし……」
「あ、いや!」
慎吾は、ごまかそうとするけど上手くいかなかった。
「え!香澄来てたのか?」
「やっぱりな!良かったな!」
「うん、うん!」
友だち三人は、慎吾の話を聞かず盛り上がる。
「たまたまだからー!」
私は叫ぶ。
……顔から火が出るとは、このことを言うの?そう思うぐらい、私の顔は熱かった。
すると、今度は私の友だちが、私を囲む。
「香澄、試合の応援行って来たの?」
「やるじゃん!」
「慎吾くん、カッコ良かった?」
「別にー!」
私は必死に否定するけど、心臓のドキドキは抑えられなかった。
すると、嫌な視線に気づく。
姫乃ちゃんと友だちが、怒った顔で私を見てくる。
「あ、えーと、今日の一時間目は理科だよねー」
気づいた友だちも、話を変えてくれる。
私が、慎吾を好きなのはみんな知っている。そして、幼なじみであることから、クラスの子たちは私たちをくっつけようとしている。
しかし、その流れを怒っているのが、姫乃ちゃんと、その友だちたちだ。
慎吾は自覚していないみたいだけど、姫乃ちゃんは本気で慎吾が好きらしい。
クラス委員でしっかりしていて、オシャレをしていて、はっきりものごとを言えて、そしてかわいい。
一方、慎吾は、優しくて運動神経が良い野球少年でチームのエース。六年生が引退したら、次は慎吾がキャプテンになることが決まっていると、こないだ応援に行った時に監督さんから聞いた。
慎吾はそれに対しても、自慢とか一切しない性格。
……二人、お似合いだよね……。
そうモヤモヤしていると先生が来て、朝の会。そして授業が始まる。
一時間目は理科。
今日は理科室で実験のため、理科室に行く。
「今日はこの『マッチ』を使う練習だ。一人ずつ、マッチで火をつけてろうそくを照らすように」
先生が話す。
マッチは昔から使われていたらしいけど、私は触ったこともない。本の中の道具だと思っていた。
それはクラスの子も一緒みたいで、みんな驚いていた。
だからこそ、一度はマッチに触れる機会があっても良いのではないかと、第一小学校では五年生の理科の授業で練習をすることになっていた。
「いいかー。火は我々の生活にも大事だが、危ない物でもある。実験が終わるまで気を抜くなー」
「はい!」
実験の約束1.いざという時に逃げられるように、イスは机の中に入れ、立って実験をする。
実験の約束2.火を扱う時は、教科書ノートなどの燃えやすい物は後ろの物置に置く。火を消すまで持って来てはいけない。
実験の約束3.火がつけられなくても良いから、挑戦だけはするように。
先生がそう話し、実験が始まった。
班は、苗字順に五人ずつ作られる。
私は「吉田」で、慎吾は「渡辺」。苗字が近いことから、同じ班だった。
そして、基本は出席番号順で私からなんだけど、私は一番にはできない。不器用だから……。
「俺、やってみたい。いいか?」
そう言ったのは慎吾だった。
いつもそう言ってくれる。私が一番にできないから……。
それは、私たちが話せるようになる前からだった。
慎吾は、マッチを上手くこすり火をつけ、ろうそくを灯す。そのやり方は鮮やかだった。
やっぱりすごいな。
「次は私がやる!」
姫乃ちゃんが言う。
姫乃ちゃんも「わ」から始まる苗字。慎吾の一つ後ろだった。
だから、慎吾と席が前後になり、新学期からの関わりが多く、二人は仲良くなっていった。
「できた!慎吾くん」
「うん、すごいね」
二人がいつも通り話していて、私はまたモヤモヤしてしまう。
その後、クラスの男の子二人も簡単にやってしまい、残りは私だけになった。
私も早く終わらせてしまいたい。そう思い、マッチの箱からマッチ棒と呼ばれるものを出した。
しかし、棒を反対にしたり、箱を反対にしてしまい慎吾に教えてもらう。
……いつも、この流れだ。
もう、先生の説明聞いて、みんながやるところ見ていたのに、私のバカ!
私は鈍臭い。みんなが簡単にできるこもできない。はぁー、なんでこうなるんだろう。
「ほら、一回一緒にやってみよう」
慎吾は私の手を持つ。
「ふぁ!」
変な声が出た。
こないだ、手を握ったから良いんじゃないの? と自分に言い聞かせたけど、私から触るのと慎吾から触るのでは話が違うよ!
「三本の指で持って、中指で先を持つとやりやすいぞ」
シュ。
火が付いた。
しかし、ろうそくに付けず火消し用のビンに入れる。
「ほら、次はできるだろう」
「うん」
私は、一人でやってみる。一度、成功しているから自信を持ってできた。
「やった!」
私は、ろうそくを灯しマッチを火消し用のビンに入れる。
みんなにとっては簡単なことでも、私にとってはできたことが嬉しかった。
「ありがとう、慎吾!」
「香澄がやったんだろ?」
「うん!」
灯ったろうそくを二人で見ていると、私の耳元にぼそっと聞こえた。
「わざとらしい」
その一言。
その声は姫乃ちゃん。
そっか、わざとできないフリをして、慎吾に手伝ってもらうようにしたと思われているのか……。
何でも簡単にこなす姫乃ちゃんにとっては、そう見えるのだろう。でも私は本気で頑張っていた。
できる人には、できない人の気持ちなんて分からないんだよ。
そう言いたかったけど我慢した。できない私が悪いから……。
「……あ、みんな終わってる。消さないとね……」
他の班はとっくに終わって、ノートに感想を書いていた。私が遅いからみんなに迷惑かけている。
そう思い、私はろうそくの火を消そうとした。
すると、その声は聞こえてきた。
『消さないで……』
「え?」
私は火を消すのを止める。
「何やってるの?早く片付けてよ。ノート書けないじゃない!」
姫乃ちゃんは、もう教科書とノートを机に出していた。
「……あ、うん」
私は、周りを見渡すけど、アイシャドウを付けていないから見えない。
「もう、何やってるの!私、消すから!」
姫乃ちゃんが消そうとした、その時。
『消さないで!これは弔いの火なんだから!』
その声が聞こえたと思ったら、ろうそくの火が異様に揺れ始めた。
「何!火が!」
みんな、驚いて慌てて離れる。
「みんな落ち着いて!大丈夫、先生が火を消すから」
先生が来てくれ、ろうそくの火を消そうとしてくれる。
『ジャマしないでー!』
その声と共に、固定されていたろうそく台がひっくり返る。
次の瞬間、姫乃ちゃんの教科書にろうそくが落ち、燃え始めてしまった。
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